東雅夫編『文藝百物語』角川ホラー文庫 2001年

 「しかし小難しいことを言うまでもなく,人は怖いもの,わけのわからないものが,単純に好きなのだ。おいしいものやきれいなもの,と同じくらいに」(本書 篠田節子「結界内の愉楽」より)

 とある夜,うらさびれた旅館の一室に集まった8人のホラー作家たち。彼らは,夜を徹して語りはじめる・・・百の物語を・・・百の怪異を・・・

 井上雅彦・加門七海・菊地秀行・霧島ケイ・篠田節子・竹内義和・田中文雄・森真沙子といった,そうそうたるメンバーが,一晩,「百物語」を実施したその記録,といった作品です。各人が経験した,あるいは耳にした「実話怪談」ということになっていますが,なにしろ「フィクション=嘘」を書くことで商売している方々ですから(笑),「本当に実話?」というツッコミは置いておきましょう^^;;
 収録作品(?)の男女比をきちんと計算したわけではありませんが(<めんどくさがり屋(^^ゞ),どうも全体的に女性陣の方が元気がよいようです。とくに加門七海&霧島ケイのコンビは,途中途中に「(笑)」が,たくさん挿入されていて,なにやら,修学旅行先の女子中学生が,就寝時間後に,ふとんを被って「怖い話」をしている,といった「ノリ」に通じるものがあるようにあります。
 しかし,それぞれプロの作家さんだけあって,怪談の「ツボ」のようなものも心得ていて,とくに『新耳袋』以降の,下手な「因縁話」に落とさない,怪異をそのままポンと投げ出すようなタイプの話が目につきます。

 いくつか気に入ったエピソードについてコメントします。「第10話 カマイタチ(井上雅彦)」は,タイトル通り,カマイタチがあったという,それだけの話なのですが,最後の,舞台となった新潟は「霊でさえ,自然現象のみたいな感覚の土地ですから」という一文が,なんともいいですね。「第13話 殺された男の霊が」「第14話 ハッと思うと窓際に」は,ともに篠田節子の語りですが,霊の怖さのひとつに,その移動が,人間とは異なり「すー」とスライドしていくところにある点に着目しているところはおもしろいですね。
 「第60話 のっぺらぼう(菊地秀行)」は,古典的なモチーフを,上手に現代のシチュエーションに置き換えたお話です。映像的な恐怖が十二分に伝わってきます。また「第63話 全校生徒が合掌して(竹内義和)」は,いくつか収録されている「心霊写真もの」の中でも秀逸な1編。偶然そうなったとしても,なんとも不気味です。映像性という点では,「第86話 先輩の鳩(竹内義和)」は,心霊タレント(?)稲川淳二が経験したという話で,目を閉じているときの「ほのぼのさ」と開けたときのグロテスクさのギャップがショッキングです。それと「視覚系」で一番印象に残ったのが「第89話 自分と違う影が(篠田節子)」。壁に映った自分の影が,自分とは違っているというのは,作者が書いているように「怖い」というより「気持ち悪い」ですよね。
 あと「生きている人間の怖さ」を描いた話もあります。「第26話 猫を焼く(田中文雄)」は,彼の作品「瓶の中」の元ネタとなったらしい経験のようです。けっしてスーパーナチュラルな怪異は登場しませんが,発見された瓶の中に詰められた父親の「狂気」がじんわりと伝わってきます。長い年月に渡って「オシラサマ」が家々の間を,綿々と廻っているという「第79話 奈良のオシラサマの話(霧島ケイ)」も,人間の営みの「闇」を伝えています。また「生きている人間」かどうかは不明ですが,「第33話 丑の刻参りの女(竹内義和)」もまた,足を血だらけにしながら追いかけてきて,旅館の前で朝までじっと待っている「女」のイメージは鬼気迫るものがあります。
 このほか「第68話 現実が小説を模倣する話(篠田節子)」は,作者がモデルにした現実の人物が,フィクションと同じような運命をたどる,という,じつに奇妙な話。一種のメタ・フィクション怪談といったところでしょうか。

 ところで,いつもの習慣で,本書も風呂に入って読んだ部分があるのですが,改めて風呂に入っている状態というのは,じつに無防備だな,と感じましたね。また服を着ていたらあまり気がつかない「鳥肌」が敏感に感じられて,怖さが倍増します(笑)

01/09/26読了

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