東野圭吾『怪しい人びと』光文社文庫 1998年

 7編よりなる短編集です。この作者の短編集を読むのは,ちょっと特殊な『名探偵の掟』をのぞくと,ずいぶん久しぶりのように思います。手慣れた文章で,サクサクと読んでいける作品集です。
 気に入った作品についてコメントします。

「寝ていた女」
 友人にラブホテル代わりにと自分の部屋を貸す“俺”。ところがある朝戻ってみると,見知らぬ女が寝ており…
 奇妙な発端,思いがけない手がかり,そしてその裏に隠された意外な真相,と,オーソドックスな展開ながらすっきりとした作品です。主人公が“真相”に気づくきっかけが下世話というか,なんというか・・・(苦笑)。
「死んだら働けない」
 温厚で仕事熱心,周りからも信頼されていた林田係長が殺された。いったいなぜ?
 「企業」とか「会社」とかいったものに対する,一種独特の「忠誠心」というのは,やっぱりなんだかやるせないですね。「仕事熱心」という性格が,一方で敬愛され,一方で疎まれ,一方で殺意さえも導き出してしまう・・・アイロニカルで,ちょっともの悲しい作品です。
「甘いはずなのに」
 新婚旅行で訪れたハワイ。しかし“私”は,先妻との娘を殺したという,新妻に対する疑惑が拭いきれなかった…
 もう少しきちんとした伏線のほしいところではありますが,ラストでの反転が楽しめます。後味がいいのもいいですね。
「灯台にて」
 ひとり旅で訪れた東北地方のある灯台。そこの管理人の男から泊まっていけと言われた“僕”は…
 ひとり旅は注意しましょう,というお話(笑)。じつはわたしも,これほど即物的ではありませんが,ひとり旅の途中,変な男につきまとわれたことがありまして,読んでいてちょっとびびりました。バスに乗っていると,背中を触ってくるんです(いま思い出しても,オゾゾとします!)。ミステリとしては,最後の一文でニヤリとさせられます。
「結婚報告」
 金沢に住む友人から届いた結婚報告。ところが同封された写真に写っている“彼女”は別人だった…
 この作品もまた不可思議で魅力的な発端で始まります。で,この手の作品だと,「いなくなった友人」を探して,というパターンが定石ですが,この作品はちょっと趣向が違います。それをひねりととるか,肩すかしととるかは,人それぞれでしょう・・・。
「コスタリカの雨は冷たい」
 5年間のカナダ赴任,帰国直前にコスタリカを訪れた“僕たち”夫婦は強盗に襲われ…
 ミステリとしてはあまり面白くありませんでしたが,一種のスラプスティック風の味付けが楽しいです。それとグレースやニック,タニヤばあさんといった,ほとんど登場しない脇キャラも人間味があっていいですね。

98/06/19読了

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