津原泰水『蘆屋家の崩壊』集英社文庫 2002年
定職を持たない30男の“おれ”こと猿渡と,全身黒ずくめの怪奇小説作家伯爵を主人公とした連作怪奇幻想短編集です。8編を収録しています。
「反曲隧道(かえりみすいどう)」
不吉な噂の絶えないトンネルに,伯爵とともに入った“おれ”は…
「幽霊が出るトンネル」というのは,都市伝説・実話怪談として,かなり手垢のついたモチーフですが,それを逆手にとってユニークな怪談話に仕上げています。その上での,伏線の効いたショッキングなラスト・シーンはグッドです。
「蘆屋家の崩壊」
伯爵と旅行中,大学時代の恋人の実家を訪れた“おれ”を待っていたものは…
タイトルはご存じE・A・ポーの「アッシャー家の崩壊」のパロディですが(永井豪・石川賢のマンガで「芦屋家の崩壊」というのもありましたが),こちらは蘆屋道満の「蘆屋」です。その道満と因縁深い「狐」を,大胆に換骨奪胎してグロテスクな伝奇ホラーに仕立てています。いつも飄々とした伯爵の,どこか陰陽師を思わせる振る舞いがかっこいいですね。
「猫背の女」
大学生の“おれ”が偶然知り合った「猫背の女」。以来,周囲に不可解な出来事が…
オカルチックなストーカーといったテイストの作品。はたして“おれ”の周囲に出没していたのは,すべて同一人物なのか? そのへんの曖昧さが不気味さを増幅しています。使おうとした歯ブラシが「ぐじゅ」と濡れているシーンの生理的なおぞましさ,ラストで,ボートの上で××されるというショッキングさ,など印象に残るシーンがてんこ盛りです。
「カルキノス」
伯爵が子どもの頃に食べたという“紅蟹”を食べに行ったことから…
作中でも触れられているように,たしかに蟹というのは美味だけど,その姿はグロテスクですよね。瀬戸内海にいるという平家蟹あたりが元ネタと思われます。ストーリィ的にはややミステリ・テイストになっていますが,そのためかえって本シリーズの持つ幻想的な不気味さが,ちょっと中途半端な感があります。
「超鼠記」
ホラーアンソロジィ『おぞけ』所収。感想文はこちら。
「ケルベロス」
美人タレントの依頼で,群馬の寒村を訪れた伯爵と“おれ”は…
双子の間引き・狛犬・ケルベロスといった,なかなか結びつきにくいモチーフを巧妙に連関させ,そこに主人公猿渡の悲恋を絡ませることで,奇想にあふれるとともに,哀しさの漂う佳品に仕立てています。「河」が猿渡たちに襲いかかるスペクタクルなシーンも迫力があっていいですね。本集中,一番楽しめました。
「埋葬虫」
虫に寄生され瀕死の状態にある男を,なぜかひとりで世話する男の真意は…
「パラサイト」の持つおぞましさは,単に“自分”の中に異質なものが巣くう気持ち悪さだけなく,それによって「支配される」恐怖もあるのかもしれません。虫ネタの持つグチャグチャ,ゾロゾロとした生理的嫌悪感とともに,そんな恐怖もあわせて描いているところが巧いですね。ところで本作のイントロ部で,カメラにまつわる専門用語を「興味のない人には敵軍の暗号文書の一部としか思えない」と比喩しているように,どこかのほほんとしたユーモアあふれる文章が,この作品集の特色のひとつであるとともに,そこが魅力にもなっていると言えましょう。
「水牛群」
『異形コレクション グランドホテル』所収作品。感想文はこちら。
02/03/28読了
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