有栖川有栖編『有栖川有栖の鉄道ミステリ・ライブラリー』角川文庫 2004年

 ミステリ作家有栖川有栖によるアンソロジィ。「鉄道ミステリ」となっていますが,ミステリあり,SFあり,ホラーあり,マンガあり,エッセイありと,ヴァラエティに富んだ15編の短掌編を収録しています。

オースチン・フリーマン「青いスパンコール」
 客車中で発見された女性の撲殺死体。容疑はひとりの男にかかるが…
 ソーンダイク博士シリーズの1編。手がかりを調べながら,それらが持つ意味や,そこから導き出される結論を,最後まで語らないのは名探偵の「特権」でありますが,それがイヤミになる場合とならない場合とがあります。ソーンダイクの場合は後者に属するもので,それは博士の推理プロセスがきわめて理にかなったものであるからでしょう。
フィリップ・K・ディック「地図にない町」
 この作者の短編集『地図にない町』所収。感想文はそちらに。
A・J・ドイッチュ「メビウスという名の地下鉄」
 複雑に絡まり合うボストンの地下鉄で,ある日,1台の車両が姿を消した…
 上京するたびに,わたしは,東京の複雑怪奇なJR・私鉄・地下鉄に頭を悩ませますので,本編の発想には,気持ちではわかるのですが,お話として読むと,「だから,なんなんだ?」という感じで,いまひとつ面白味がわかりませんでした。
ウィリアム・アイリッシュ「高架殺人」
 高架鉄道で帰宅途中の刑事は,殺人事件に遭遇し…
 本編の持ち味は,やはりなんといっても主人公スティーヴン・ライブリー刑事のキャラクタ設定にあるのでしょう。頭は切れるのですが,することなすこと,とにかくのんびり。おまけに階段を上りたくないからと,高架鉄道から対面のビルまで板をかけて歩き渡るなどという「浮世離れ」したところが,スピーディな物語にもかかわらず,どこか「のほほん」としたユーモアを与えています。
アメリア・B・エドワーズ「4時15分発急行列車」
 偶然,客車で一緒になったのは知り合いの男だったが,彼はじつは…
 19世紀後半,イギリス怪奇小説の黄金時代の作品。ですから素材的には,途中で見当がつくものの,むしろ注目すべきは,それが「公的な場」における論争を通じて,意外な結末へとつながっていく展開でしょう。
雨宮雨彦「泥棒」
 終戦直後,海軍は15トンの金塊を,ある蒸気機関車に隠したという…
 ジャンルとしては「クライム・ノヴェル」に入るのでしょうが,主人公=泥棒の語り口が,じつにユーモラスであるとともに,問題の蒸気機関車を盗み出すシーン(ネタばれ反転>夜の町を,市電の線路に乗って走る蒸気機関車)の幻想的なテイストがいいですね。本集中,一番楽しめました。
西岸良平「江ノ電沿線殺人事件」
 有名な画家を殺したとされる容疑者には,完璧なアリバイがあった…
 本集唯一のマンガ作品で,この作者の長く続いているシリーズ『鎌倉物語』の中の1編。主人公が推理作家という設定もあって,ファンタジックなミステリ・テイストの強いシリーズです。江ノ電のある「特性」に着もしている点,楽しめます。
江坂遊「0号車/臨時列車/魔法」
 ショートショート3編。「0号車」の素材(ネタばれ反転>未来からのお告げ)は比較的よく見るものですが,列車を舞台にしているユニークさと,最後のオチが楽しめます。「臨時列車」も,あるオーソドクスなモチーフを,視点を変えることで,独特の味を出していると言えましょう。「魔法」は,こういったアンソロジィに入れることが,もしかして,編者のミス・リーディング?
小池滋「田園を憂鬱にした汽車の音は何か」
 佐藤春夫が聞いた真夜中の汽車の音は,幻聴なのか,それとも…
 英文学者による佐藤春夫『田園の憂鬱』についてのエッセイです。ですが,ミステリ作家が知っていたら,絶対,作品に使ったのではないかと思われる,ある「推理」が提示されています。「聞こえるはずのない汽車の音が聞こえる」なんて,魅力的な謎じゃないですか。
上田信彦・有栖川有栖「箱の中の殺意」
 15年ぶりの同窓会。故郷の小さな駅舎に集まった彼らの元に届いたのは,かつての同級生の他殺体だった…
 イベントのために書かれたミステリ・ドラマの脚本です。トリックは,奇想のためなら,ある程度,現実性に目をつぶる(などと言ったら失礼かな?)この作者らしいモノと言えましょう。ただミステリ小説が「小説」であるのと同様,ミステリ・ドラマも,役者さんの演技や舞台などをトータルに含めた「ドラマ」であることを考えると,その脚本だけを読むというのは,ちょっとしんどいものがあるというのも本音ですね(ただでさえ,セリフ多用の小説が苦手なわたしですので^^;;)。

05/11/06読了

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