東野圭吾『悪意』講談社ノベルス 2000年

 人気作家・日高邦彦が,自宅で絞殺された。捜査を担当した刑事・加賀恭一郎は,卓抜した推理力で真犯人を逮捕する。しかし動機を語ろうとしない犯人を前にして,捜査は混迷を極める。わずかに残された手がかりから,加賀が辿り着いた“真の動機”とは?

 この作者にとって,1996年というのは,本格ミステリの徹底したまでのパロディ『名探偵の掟』,純本格パズラとして評価の高い『どちらかが彼女を殺した』,そして本書と,大活躍した年だったようです。数だけなら1年間でもっとたくさん発表されている方もおられるでしょうが,その3作が,いずれもまったく異なるテイストの作品であるところに,この作者の並々ならぬ力量を改めて感じます。

 以前,どの放送局だったか忘れてしまいましたが,綾辻行人『鳴風荘事件 殺人方程式II』が,2時間ドラマ化されたことがあります。綾辻作品ですから,当然原作は,不可能犯罪とその論理的解決に主眼を置いた本格ミステリなのですが,ドラマ化されたそれでは,トリックよりも,犯人がなぜ殺人を犯したか,という「動機」の描写により時間を割いていたように記憶しています。それを見ていて,「そーか,そーか,2時間サスペンス・ドラマというのは,トリック云々よりも,視聴者が共感できる通俗的な動機―愛憎やら金銭的欲望,復讐,人間的弱さなどなど―が,重視されるんだなぁ」と,へんに感心してしまったことを覚えています。
 さてなんでこんなことを書いたかというと,この作品も途中までは,そんな「2時間サスペンス・ドラマ」的な感触が色濃くでているからです。物語は,ひとりの人気作家の殺人事件からはじまります。主人公のひとり,加賀恭一郎は真犯人を逮捕しますが,犯人は殺害の動機を語ろうとしません。そこで,加賀が残された手がかりから犯人の動機を探るという,「ホワイダニット」としてストーリィは進行していきます。そして真犯人の家で発見された証拠や,被害者の所有品などから,被害者と真犯人をめぐる因縁,それもスキャンダラスな因縁を暴くことで,加賀は,犯人の動機を明らかにしていきます。ここらへん,「手がかり」を小出しにしながらテンポ良く展開していくところは,たしかに,相変わらず巧く,サクサクと読んでいけるのですが,上に書いたような「2時間サスペンス・ドラマ」的感触に,正直,「(~-~)」といった程度の評価でした。
 ところが,ところが! 終盤にいたって,物語はその様相を大きく変貌します。基本的には「ホワイダニット」ではあるのですが,直球かと思っていたものが,じつは思いっきり変化球であることが明らかにされます。いやさ,サッカーかと思って観戦していたら,じつはラグビーだったような,驚愕のラストを,ホント,「やられたぁ!」というラストを迎えます。とくに,読みながら頭の片隅に引っかかっていた前半でのとある描写が,このクライマックスで強力に効いてくるところは唸らされてしまいます。
 最近のミステリで,(是非論があるとはいえ)盛んに用いられている「あるトリック」を,巧みに換骨奪胎して,それらとは明らかに一線を画するインパクトのある作品に仕上げてしまうところは,やはり東野作品! といったところでしょう。

 ところで本書のハードカヴァは双葉社ですが,なぜか講談社からノベルス化されました。版権が移動したのでしょうか?

00/01/23読了

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