アル・サラントニオ編『999―聖金曜日―』創元推理文庫 2000年

 『999―妖女たち―』に続く,ホラー&サスペンス・アンソロジィの第2集です。

F・ポール・ウィルソン「聖金曜日」
 東欧に現れた吸血鬼の集団は,ヨーロッパを征圧,アメリカにも渡ってきた。この小さな教会にも…
 東欧の社会主義崩壊にともなって吸血鬼が跋扈しはじめるというオープニングがおもしろいですね。作中,「聖金曜日」を含む「聖週間」とは「1年を通じて,ミサが毎日行われない時期」と説明されていますが,怯懦な神父,敬虔な尼僧の無惨な死に表される教会の無力さに絶望し,「狩り」に向かう主人公の姿には,現代こそが「聖金曜日」であることを象徴しているのかも知れません。
ナンシー・A・コリンズ「ナマズ娘のブルース」
 色男のホップが桟橋で釣りをしながらギターを奏でると,川の中からナマズ娘が顔を出し…
 あまり女性を食い物にすると,あとでひどい目に遭うという教訓を含んでいます(笑)。苦笑させられるラストではありますが,ちょっと「とってつけたような」説明が入るのは,いまひとつという感じでした。
ラムジー・キャンベル「ザ・エンターテインメント」
 土砂降りの中,ショーンが飛び込んだ“ホテル”には,奇妙な客ばかりがおり…
 「お化け」は出てきませんが,一種の「お化け屋敷」ネタとでも言えるのでしょう。ホテルの客たちが,主人公に「芸」を要求するところが,風変わりで楽しめます。終盤に出てくる警官の役回りが少々あやふやのように思います。もう少し,なぜ警官があのような行動をとるのか,理由めいたものがほしかったところです。
エドワード・リー「ICU」
 子どもポルノの裏ヴィデオを扱うパオーンが目覚めると,病室らしい一室に寝ており…
 思わず首を絞めたくなるような主人公の憎々しさがいいですね。ですから,最後で,因果応報的に主人公が悲惨な目に遭うと,ホッとしたりします(笑)。主人公の「立場」が明らかになるシーンも効果的でよいです。でも,要するに「同じ穴のムジナ」なので,あまりカタルシスはありませんでしたが・・・
P・D・カセック「墓」
 森の中のいつもの帰り道。エリザベスは,これまでまったく気づかなかった小さな墓を見つけ…
 ぞわりぞわりと主人公の狂気が伝わってくるところが秀逸です。それにも増して,暴君めいた母親との関係が,主人公と「子ども」との関係に投影されているところは,暗闇のような,そして袋小路のような絶望感が滲み出ています。本集中で一番楽しめました。
リック・ホータラ「ノックの音」
 世紀末,暴徒に占領された街の中で,ひとり家に籠もるゴードン。そのときノックの音が…
 果たしてノックをするのは何者なのか? すさまじいまでの緊迫感に満ちた作品です。ただこういった結末であれば,設定をもうちょっと生かしてほしかったな,と思います。あるいは,家に籠もる理由を,主人公の内的なものに求めるとか?
ピーター・シュナイダー『紛う方なき愚行』
 パメラ・ジャーケンズは,怪奇小説の新星のひとりである…
 パメラ・ジャーケンズ作「紛う方なき愚行」を紹介する,という体裁の作品。紹介文を,「あれ?」と思って読み返すと,苦笑させられます。また紹介文の中で作者が語る内容と,作品とのギャップもいいですね。同人誌や自費出版への痛烈な皮肉なのでしょう。
エド・ゴーマン「アンジー」
 アンジーの恋人ロイは,妻を殺し,さらにはそれを聞いた実の息子さえも殺そうとするが…
 『999―妖女たち―』の「序文」によれば,編者は「ホラー」と「サスペンス」をきちんと区別しているようです。そして本アンソロジィを両者を包含するものと位置づけています。ですから,この作品のようなクライム・ノヴェルも対象となるのでしょう。主人公アンジーの,あまりにあっけらかんとした冷酷さが,じわりとした怖さを醸し出しています。
ジーン・ウルフ「木は我が帽子」
 南太平洋の孤島にやってきた“ぼく”は,奇妙な男と出会い…
 「南海綺譚」といったテイストの作品です。文字なき歴史,不思議な神話,海中の神殿,そして見知らぬ神々…全編,エキゾチシズムに満ちています。「神に愛された者」が必ずしも幸せとは限らないようです。ただ編者が「読めば判然とする」というタイトルの意味,わたしにはわかりませんでした^^;;
エドワード・ブライアント「愛につぶされて」
 ダニーは,夢を見て,目が覚めたら,つぶされて死んでいた…
 オープニングは,奇妙で心をくすぐる一文ではじまるのですが,その内容はむしろオーソドックスな(少々陳腐な)「呪術ネタ」の作品です。ある種のミス・ディレクションを施した上での,ラストのツイストはなかなか巧みです。
マイケル・マーシャル・スミス「無理数の話」
 真っ白なきれいなページに,“わたし”は書き始める…
 本集中,もっともユニークな作品です。井上雅彦風に言えば,まさに「異形短編」でしょう。主人公の奇怪な思考パターンの背後に見え隠れする「なにか」。いったい主人公は「なに」をしたのか? それを明示しないことで,不気味さを増幅させています。「円周が有理数なら半径は無理数,半径が有理数なら円周は無理数」という比喩が,主人公の心象を上手に表現していますね。
デイヴィッド・マレル「リオ・グランデ・ゴシック」
 ペーコス街道に毎日棄てられる靴。その奇妙さに気づいた警官ロメロは…
 冒頭から魅力的な謎が提出され,その謎をめぐりながら,物語はスピーディに展開していきます。主人公のロメロが,謎の背後に隠された事件を追いかけるようになるプロセスはスムーズで,巧みなストーリィ・テリングと言えましょう。緊迫したアクション・シーンと,ショッキングなラストとからなる,サスペンスの佳品です。

00/03/03読了

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