アル・サラントニオ編『999―妖女たち―』創元推理文庫 2000年

 全3巻よりなるというホラー&サスペンス・アンソロジィの第1集です。

キム・ニューマン「モスクワのモルグにおける死せるアメリクァ人」
 部隊からはぐれたチリコフの新しい任務先は,死体置き場“スパー”だった…
 淡々と,というより,突き放したような文体で,ゾンビ―“アメリクァ人”―が跋扈するモスクワを描く,一風変わった作品です。どこか,ソ連の崩壊,ロシアの資本主義化をグロテスクにパロディしているようにも思えます。
ジョイス・キャロル・オーツ「コントラカールの廃墟」
 政敵に追われ,人里離れた廃墟同然の家“クロス・ヒル”に住むことにわたしたちは…
 本編で登場する“わたし”が,いったい何者なのか,いや,いったい何処にいるのか,はっきりとわかりません。この「不在の語り手」が,幻想的で曖昧なエンディングと合わせて,読む者に言いしれぬ不安を誘発しているように思います。
トマス・M・ディッシュ「フクロウと子猫ちゃん」
 フクロウのぬいぐるみ“フッター”は,フェアフィールド家で“バンピー”と出会い…
 ふたつのぬいぐるみを主人公としたファンタジィ・テイストに展開する物語で,「ちょっと馴染めないな」と思っていたのですが,“真実”が明らかになるラストには,「そうか,そういことだったのか」と思わずのけぞってしまいました。
スティーヴン・キング「道路ウィルスは北に向かう」
 ホラー作家キンネルは,ふと立ち寄ったガレージ・セールで1枚の絵に惹きつけられる…
 主人公が作家であることといい,『ローズ・マダー』と同様,「絵」が少しずつ「動いていく」ところといい,少々「ネタの使い廻し」的な感がなきにしもあらず,ですが,そこはやはり,緊迫感あふれるストレートな「絵画ホラー」に仕立てています。
ニール・ゲイマン「形見と宝:ある愛の歌」
 ダークサイドの大富豪ミスタ・アリスの片腕である“おれ”は,伝説の“シャヒナイの宝”を捜しだし…
 即物的で酷薄な“おれ”の描写と,“シャヒナイの宝”をめぐる淫靡な伝説とのアンバランスさが,不思議な雰囲気を作品に与えています。“おれ”が生きる“ダークサイド”なるものは,世界が抱え込む“闇”に比べれば,ほんの上澄みにしかすぎないのかもしれません。
T・E・D・クライン「増殖」
 古い家を買い取って,二番目の妻とともに新しい生活をはじめたハーブは,その家の屋根裏で古い雑誌の束を見つけ…
 これです! こういったホラー作品を読みたかったのです! けしてショッキングな結末が描かれるわけでもなく,また明確な因果関係が語られるわけでもない,しかしそれでいて,主人公たちを待ちうけている恐ろしく,おぞましい運命がしっかりと想像できる,そんな作品です。そう,「描かれていないけれど想像できる」ことこそが,もっとも効果的に恐怖を高めるのではないでしょうか。本集中で一番,いやさ,これまで読んだホラーの中でも,かなり上位にランクされる作品です。
チェット・ウィリアムスン「<<新十二宮クラブ>>議事録とヘンリー・ワトソン・フェアファクスの日記よりの抜粋」
 “わたし”ヘンリー・フェアファクスは,世のモラルの低下を憂い,かつての“十二宮クラブ”を復活させたのだが…
 日本で言えば田中啓文といったところでしょうか,ブラック,というより,悪趣味な1編。「日記」の偽善的な記述と,「議事録」のどんどんエスカレートしていく「メニュウ」とのギャップがいいですね。それにしても,冒頭の1編といい,長いタイトルの作品が多いな(笑)。
アル・サラントニオ「ロープ・モンスター」
 ロープ・モンスター…それはパパのいたずらだったはずなのに…
 少女の一途な,あまりに一途な想いと哀しみが世界を滅ぼしてしまうという,不可思議な「破滅の光景」を描いた作品です。ラスト・シーンは,希望を語っているのでしょうか? それとも絶望なのでしょうか?
ティム・パワーズ「遍歴」
 旧友と見知らぬ女から電話がかかってきた翌日,“わたし”の家は吹き飛んだ…
 「日常」と「異界」とが,さながらあざなえる縄のごとく絡み合って描かれています。両者が同一地平でつながっているような印象を与える,淡々とした文体も一役買っているようです。
ベントリー・リトル「劇場」
 パットナムがアルバイトする古本屋の2階には,かつての劇場の跡が残っているという…
 屋根裏に誰か知らない人々が住んでいる,という妄想は,精神病理学的には比較的よく見られる妄想パターンだそうですが,それに通じるような,一見当たり前の商店街の2階に,奇怪な「劇場」が残っている,というイメージがなんとも不気味です。そんな「屋根裏」がわたしたちに与える忌避感と羨望というアンビヴァレンツな感覚を巧みに利用しています。
エリック・ヴァン・ラストベーダー「妖女たち」
 強盗から逃れてバーを飛び出た“わたし”は,不思議な世界に迷い込み…
 悪意はないのに傷つけてしまった人たち,行き違いから離れていってしまった人たち,ささやかなこだわりのために受け入れることのできなかった人たち・・・変えることのできない過去を誰もが抱え込むがゆえに,本編のような悲しくせつない物語がくりかえし語り継がれていくのでしょう。

00/02/03読了

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