山田正紀『50億ドルの遺産』徳間文庫 1986年

 東南アジア島嶼部,小スンダ列島のひとつスマリ島は,貧しい新興独立国。しかし政府の押し進める“スマリ島改造プロジェクト”で,島は活気に満ちていた。島を訪れた風来坊・中尾英輔は,そこで殺人事件に遭遇。死に際の男は奇妙な言葉を残す「この国には50億ドル相当の兵器が隠されている・・・。」“プロジェクト”の背後に存在する国際的陰謀に巻き込まれていく英輔を待ち受けていたものは?

 十数年ぶりの再読です。もう一度読みたくて古本屋で探し続けていたのですが,ようやく先日,入手できました。

 さて物語は,素人が,ひょんなことから事件に巻き込まれ,プロに助けられつつも,危険で困難な“任務”を達成していくという,いわゆる“巻き込まれ型冒険小説”です。スマリ島に隠匿されているという,ヴェトナム戦争時の米軍の武器,50億ドル相当。それをめぐって,スマリ島の元首ジョワン,武器商人,右翼ゲリラ,傭兵部隊らの,陰謀,思惑,裏切りが入り乱れます。その渦中に投げ込まれた主人公英輔は,その“遺産”に関係する,ある“任務”を達成するために,噴火間際の火山の麓へと向かうことになります。
 以前『泥河の果てまで』の感想でも書きましたが,この作品にも「人間の脅威」と「自然の脅威」の2種類の脅威が主人公を襲います。ひとつは,任務達成の途中に襲いかかる右翼ゲリラや傭兵部隊からの攻撃。素人である主人公が,それらの危機をどのように回避するか? あるいはいかに闘うか? が,物語の眼目のひとつになっています。
 そしてもうひとつは自然の脅威。目的の場所に到るまでのジャングルや硫黄を含んだ川,灼熱の太陽に焼かれる海浜部の突破などなど,苦難の道のりとともに,噴火する火山山麓で任務を遂行しなければならない危険です。ラストで,噴火という自然の脅威と,火山灰降りしきる中での傭兵部隊との対決という人間の脅威とが交錯し,クライマックスを盛り上げています。

 ところでこの作品には,上記のような“活劇”的な部分がてんこ盛りになっていますが,その一方で“非情”な部分が見え隠れしています。それは政治家としてのジョワン元首の陰謀,それをさらに利用しようとする華僑商人や武器商人の思惑,そして後味の悪いラスト。
 この作品は,彼の出世作『神狩り』『弥勒戦争』などSF作品とあまり時を置かないで書かれた作品ですが,上の2作品などは,「神」などの“絶対者”への抵抗・反抗がテーマになっています。それゆえ,どうしてもペシミスティックな雰囲気が漂っていることは致し方ないことなのかもしれません。この作品では,SFのように「神」は出てきませんが,それにかわるものとして,“現実世界の非情さ”が設定されているように思えます。政治的必要性や経済的欲望のために,人を欺くこと,人を殺すことをけっしてためらわない心性と現実。能天気な活劇的冒険アクションという枠組みだけで,物語を終わらせなかったのも,この作者の持つ一種独特のシニカルな世界観が現れているのかもしれません。

98/06/27読了

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