岡村隆『泥河の果てまで』ハヤカワ文庫 1996年

 シンハラ人とタミル人との武力衝突に揺れるスリランカ。遺跡発見を夢見てジャングルを探検する“おれ”に舞い込んだ危険な依頼。密林奥深くのタミル・ゲリラの基地まで,ふたりの男女を案内してほしいという。報酬につられて“おれ”は引き受けるが,ただでさえ危険なジャングルの中,謎の追跡者が襲撃を仕掛けてきて・・・・。

 本書は,スリランカの密林を舞台にした冒険小説です。スリランカというと“セイロン茶”くらいしかイメージが湧きませんでしたが,本書を読んで,スリランカの悠久な歴史,多様で厳しい自然環境,密林に潜む膨大な仏教遺跡,複雑で錯綜した民族関係などなど,いろいろ知ることができました。とくに“野象”。象というと,動物園やサーカスでしか見たことありませんが,身体は大きいけれど,目が優しくて,頭のいい,おとなしい動物というイメージがありました。しかし考えてみれば,あの巨体が集団で来れば,人間なんて,あっという間に振り飛ばされ,ぺしゃんこにされてしまうでしょうね。やっぱり象も野生ならば“猛獣”なのだと,つくづく思いました。

 書中「自然の脅威」と「人間の脅威」という言葉が出てきます。本作品では,前者は,鬱蒼と茂る密林,その中を流れる大泥河=マハウェリ河,そして野象や鰐などの猛獣類の襲来などなど,後者は,ゲリラ壊滅を目論む政府軍,ゲリラ間の内部抗争,謎の襲撃者などです(とくに最後の「襲撃者」は,その目的は? その正体は? 背後関係は? といった謎が物語の中心的なテーマにもなっています)。
 このふたつの「脅威」は,たしかにこの作品内部のことを語りながら,はからずも,この手の「秘境もの」(といったらスリランカの人に怒られるかもしれませんが)の冒険小説のひとつの「型」をも語っているように思います。「自然の脅威」と「人間の脅威」が,あるときは個々に,あるときは融合して襲いかかり,主人公たちはそれを乗り越え,切り抜け,目的に達する。そういった冒険小説の「型」をよく表しているのではないかと思います。そしてラストでは,ふたつの「脅威」が交錯して,主人公たちを絶体絶命のピンチへと陥れる,そんなパターンのクライマックスもしばしば見られます。ですから,この作品も「やっぱりクライマックスはそうなるんだろうなぁ」と予想しつつ,期待しつつ,読み進めていきました。ですが,クライマックスはちょっと尻つぼみといった感じがないではありません。そこらへんが残念ではありますが,それでも,襲撃者をめぐる謎解きが二転三転して迎えるラストは,なかなか楽しめました。
 また,“おれ”がテロリスト・日野四郎に感じるシンパシィや,タミル人とシンハラ人の対立の中で苦悩する美女マーリンとの悲恋,泥沼のごとき民族対立に対する主人公の怒りと虚無感などなど,予想した「型」とは違いますが,それはそれで十分おもしろかったです。作者や作品に対する事前情報がいっさいないままに読んで,これだけ楽しめた作品もめずらしいです。儲けもの! といったところです。

 ところで,作者名を見て,「岡村隆? ナインティナインの?」と思ってしまったのはわたしだけでしょうか? でもよく考えてみたら,ナイナイの方は「岡村隆史」でしたね(笑)。

98/01/04読了

go back to "Novel's Room"