宮部みゆき『夢にも思わない』Cノベルズ 1997年

「それは思いやりか? そうだろう。効果が限定された,選ばれた人たちに対しての思いやり。部外者は立入禁止。」(本書より)

 秋の夜,“僕”が白河庭園で開かれている「虫聞きの会」に行ったのは,虫の音を聞くためじゃなくて,クドウさんに会えるかもしれない,と思ったからだ。ところが庭園で殺人事件が発生! そして“僕”と島崎は事件に巻き込まれていく・・・。

 『今夜は眠れない』で活躍した“僕”と島崎の中学生コンビの第2弾です。

 この作者の作品には,しばしば「悪意」が描かれます。
 もちろん犯罪にはつねに「悪意」が多かれ少なかれ絡んでいます。ただ,その「悪意」には,自分の欲望のために,他人を「傷つけてやろう」「陥れてやろう」という,積極的(?)確信犯的な「悪意」の場合もありますが,それとともに,日常生活の中でふっと芽生えるような,誰もが一度や二度は身の覚えのあるような,そんな「悪意」の場合もあります。
 本書には冒頭に挙げたようなセリフが出てきます。「対象の限定された思いやり」は,容易に「部外者」に対する「悪意」にも転化します。もしかするとそれは「悪意」という明確な形をとらず,「無関心」という形をとったり,または「仕方のないこと」という言い訳するような類のものであることもあります。「後ろ向きの悪意」とでも言いましょうか。
 ひとは,本作品での売春組織のような,明確な「悪意」に対しては,比較的はっきりとした態度をとりやすいものですが,無自覚な「後ろ向きの悪意」には戸惑ってしまいます。しかしそんな「後ろ向きの悪意」の方が,はるかに底深く,救いがないのでしょう。そしてより一層底深いゆえに,「せつない」感情と響き合う部分があるのかもしれません。「せつなさ」というのは,「どうしようもなさ」に通じるものだから・・・。
 「後ろ向きの悪意」を持ってしまった人間も「せつない」ですし,またそんな「悪意」に直面して,それに対してなんらかの態度をとらなければならない人間もまた「せつない」ですね。

 さすがにこの作者らしく,テンポよくストーリィが進んでいき,サクサクと読んでいけます。ですからそれなりに楽しく読めました。まぁ,後味はちょっと苦めですが・・・。
 ただミステリとしては,どうしても気にかかってしまう部分があって,読後もやもやとしたものが残ってしまいました。う〜む,島崎は推理の起点となる「あのこと」をいつ知ったのだろう・・・。単なるわたしの読み落としかもしれませんが,もし既読の方がおられましたら,教えてください(既読の方はこちらへどうぞ)。

98/02/15読了

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