森博嗣『封印再度』講談社ノベルズ 1997年

 壺に入った,取り出すことのできない鍵,その鍵でしか開けられない匣。犀川創平の友人・儀同世津子から,その「天地の瓢(こひょう)」と「無我の匣」のことを聞いた西之園萌絵は,所蔵者・香山家を訪れる。香山家では,50年前,仏画師・香山風采が密室の土蔵の中で死ぬという事件が起こっていた。持ち前の好奇心で,壺と匣の謎,密室事件の謎を解き明かそうとする萌絵。その矢先,香山家ではふたたび惨劇が・・・。しかも現場の土蔵は,事件の前後,一時,密室状態に!「ある理由」から調査に乗り出した犀川が解き明かした真相とは・・・

 この作品で,萌絵は,犀川ファンからますます嫌われることになったでしょうね(笑)。しかしなんでこんなエピソードを入れたんでしょうか。あいかわらず萌絵に対して煮え切らない態度を取る犀川先生を,一気に追いつめるためでしょうか? あるいはなかなか積極的に事件に関わらない彼に,推理させるためでしょうか? いまいち意図をはかりかねます。それにしても犀川先生は寛容ですね。惚れた弱みでしょうか。わたしだったら,早々にご遠慮願いたくなるタイプです。しかし犀川先生も萌絵も,第1作から比べると,ずいぶん変わりましたね。これほど主人公の性格が変わるシリーズも珍しいんじゃないですか。作中の言葉を借りれば,はたして成長なのか,劣化なのか?

 さて,ミステリの部分ですが(ううむ,変な言い回しだ),交通事故,50年前の密室事件,開かない土蔵の扉,そして壺と匣,これらの一見独立して存在しているかのような「謎」が,幾重にも重なり,またうまい具合に絡み合って,魅力的な謎を構成していて,けっこう楽しめました。またその謎解きも,いかにも森作品らしく,いくつかの仮説が提出され,きちんとした形で反証され,そして最終的な解決が,すっきりとした形で示されていて,読みやすかったです。内容的には,ちょうど『詩的私的ジャック』の対極にあるような作品ですね(別に『詩私ジャ』がすっきりしていないという意味ではありません,念のため。これ以上はネタばれになるので,ご容赦)。しかし,こんな壺と匣をつくろうとした発想というのは,ちょっと想像できませんね。おまけにそこに哲学的な意味までもたせて・・・。動機の部分は,きっと凡人には理解できないものなのでしょう。と,考えてみれば,このシリーズの犯人の動機って,けっこうエキセントリックなのが多いですね。

 最初,タイトルだけ見たときは,「なにこれ,おやじギャグ?」と思いましたが(笑),密室状態の土蔵の中にいたのは誰か(Who inside?)という謎と,「ふたたび封印する」という結末とを,うまく具合にかけ合わせていて,なかなかうまいタイトルだなと,思い直しました。

97/04/12読了

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