森博嗣『地球儀のスライス』講談社ノベルズ 1999年

 『まどろみ消去』に続く,この作者の第2短編集です。ミステリ的な内容の作品と,幻想的な雰囲気を持った作品が混在するという点で,『まどろみ』に近いテイストを持った作品集です。

「小鳥の恩返し」
 父親が殺され,病院を継いだ島岡清文。その犯人が残した小鳥に,彼は愛着を覚え…
 「鶴の恩返し」あるいは「雪女」といった民話をベースにしたような作品です。突拍子もないシュールな展開ののちの着地が楽しめます。
「片方のピアス」
 双子の兄を恋人に持つカオルは,弟の方を愛してしまい…
 オーソドックスな「双子ネタ・ミステリ」にツイストを効かせています。本当のところを,読者に投げ出し,どちらともとれるような結末に持って行くところは,この作者らしいですね。この作品集で一番楽しめました。
「素敵な日記」
 自殺直前に書き記した日記。それは人の手を渡り歩いて…
 日記を手にした者がつぎつぎと不可解な死を遂げるという展開が魅力的です。ただこのラスト,たしかに伏線は引かれているものの,ちょっと唐突な感がなきにしもあらず,といったところです。わたしの頭が固いのかも(笑)。
「僕に似た人」
 まあ君のお母さんはとっても綺麗なんです。そしてまあ君はどこかで見たことがあるように思うんです…
 たどたどしい少年の口調を用いて,少年期のアイデンティティの揺らぎを描いた作品です。「僕のことも,もし誰かが好きになってくれたら,僕は誰にも似てないように見えるのかもしれない」というセリフには味わいがあります。で,「そういった作品か」と思って読み終わり,次の短編の冒頭を読んで,ピンと来るものがあり,読み返してみたところ,この作品の「仕掛け」に気づきました。この作者らしい,人を喰った稚気ですね(笑)。「楽屋落ち」といえば「楽屋落ち」ですが・・・・^^;;
「石塔の屋根飾り」
 犀川創平が見せた1枚の写真。石塔の頂部にあるべき屋根飾りが,なぜか地面に彫られており…
 完結(?)した「犀川&萌絵シリーズ」の,まぁ,ボーナス・トラックといったところでしょう。一種の「歴史ミステリ」でしょうか(笑)。すっきりした推理が好きです。「黒窓の会」がパロディとわかるラストが苦笑させられます。
「マン島の蒸気機関車」
 マニア垂涎の的である蒸気機関車が走るマン島を訪れた犀川一行。そこで不思議な写真を見せられ…
 ボーナス・トラック第2弾。メインの謎は,すぐにわかってしまったので興ざめ。もうひとつのクイズの方も,自分なりの解答案を考えつきましたが,正解はどこにあるのだろう?…と思っていたら,松本楽志さん@ぱらでぁす・かふぇの解答案と同じでした^^;;
「有限魔法要素」
 理由もわからぬまま,何者かに捕らえられるという強い思いに駆られ,彼はライフルで武装する…
 生者は経験しか語れず,死を経験した生者はいない,それゆえ死はいかなる生者も語り得ない。それを語り得るのは魔法を使う者だけかもしれません。しかしその者さえも語り得るのは有限の断片のみ・・・
「河童」
 秋の夕暮れ,十数年ぶりにその沼のほとりを訪れた日下部淳哉は,ある記憶を婚約者に語り始める…
 最後になって,「なるほど,そ〜ゆ〜話だったのか」と納得。新たな惨劇を予感させるラストが好きです。
「気さくなお人形,19歳」
 “僕”は,ある大富豪の老人から,高額の,しかし奇妙なアルバイトを頼まれ…
 全編,「犀川ギャグ」(<意味不明^^;;)が炸裂する(笑)作品です。こういった饒舌体の文体はちょっと苦手。でも話としては,ミステリアスな展開と二転三転するラスト,巧くまとまっている作品だと思います。もしかして,この主人公が,帯にある「噂の新シリーズキャラクター」なのでしょうか?
「僕には秋子に借りがある」
 突然,“僕”の前に現れた秋子。不思議な印象を残して,彼女は風のように去っていった…
 ミステリアスな青春の一コマを切り取ったような作品です。村上春樹を連想しました。エキセントリックな(ちょっといらいらさせられる)秋子の言動が,ラストで昇華されていくところがせつなくていいですね。

98/01/29読了

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