大原まり子ほか『血―吸血鬼にまつわる八つの物語―』ハヤカワ文庫 2000年

 サブ・タイトルに表されていますように,ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』発刊100周年を記念して編まれた,「吸血鬼」ネタのアンソロジィです。中堅どころの作家さん8人の作品を収録しています。

大原まり子「13」
 盲目の“私”を拾って育ててくれた邸には,13人目の人間とは思えぬ“なにか”が住んでいた…
 主人公を盲目の少女(?)に設定し,なおかつ一人称による語りを採用することで,登場するキャラクタたちや「世界」の「異形性」を,けしてストレートに描き出さず,読者の心の内に自由に想像させるところは,巧いですね。ただどこが「吸血鬼」と結びつくのか,ちょっとわかりませんでした。「新浮遊民(ネオ・ノマド)」が「吸血鬼」だったのかな? それとも「お嬢様」? はたまた「私」
菊地秀行「かけがえのない存在」
 製造師モンドが,屑鉄置場で見つけた“女”の首には,見たことのない“穴”が空いており…
 この作者の「伯爵」に対する強い思い入れを持っていることは,彼が『吸血鬼ドラキュラ』の少年少女向けリライト版を執筆していることからも容易に知れますが,本編では,その「魔人」の「誕生秘話」を創作しています。その世界は,どこか『魔界都市<新宿>』を思わせるとともに,「伯爵」の異界性を言い表すのに,不思議な説得力を生み出しています。
小池真理子「薔薇船」
 耽美派の巨匠・深見鐵太郎の文学記念館を訪れた南海子は,そこに展示された「遺作」から,古い記憶を呼び覚まされる…
 「吸血鬼」はつねにエロチックな雰囲気を身にまとっています。女性の白肌に「牙」を挿入する「吸血」という行為そのものが,性愛を連想させますし,多くの場合,血を吸われる女性が,性的快楽を思わせる恍惚の表情を浮かべるからでしょう。本編は,血を吸われる女性の視点から描くことで,そのエロチシズムを前面に押し出しています。そんなフィジカルな「快楽」とは対照的に,「深見鐵太郎」の正体の曖昧さ,メタ・フィクションを思わせるエンディングが,幻想的な手触りを作品に与えています。
佐藤亜紀「エステルハージー・ケラー」
 ウィーンの裏路地にある穴蔵のような酒場で,“私”は奇妙な男の身の上話を聞き…
 「吸血鬼」の「異質性」「異形性」を強調する作品が多い本集において,この作品はやや異なるテイストを持っています。本作に出てくる吸血鬼は,むしろ人間に限りなく近く,「吸血」という行為の持つおぞましさを描きながらも,作者お得意の淡々とした描写と相まって,ユニークな吸血鬼像を創出しています。
佐藤嗣麻子「アッシュ―Ashes」
 ホリィと出会ったときから,“僕”の人生は大きく変わった。いや生だけなく死さえも…
 「吸血」と「性愛」との類似性は先にも書きましたが,この作品では,さらに愛するとともに憎むという,男女関係にも似た「血を吸うもの」と「吸われるもの」との関係を描いています。デイヴィッドという幽霊の少年を,その関係の中に挿入することで,ストーリィをミステリアスにするとともに,「報われぬ恋」にも通じるせつなさを醸し出しています。
篠田節子「一番抵当権」
 借金取りに追われた直人は,前妻の計らいで世間から身を隠すが…
 「債権者」を「吸血鬼」に喩えるメタファは,しばしば見かけますが,この作品の主人公のような無責任男だったら,むしろ「債権者」に同情します(笑)。ホラーとサスペンスとの狭間の果てに着地するラストは,オーソドックスすぎるきらいもありますが,皮肉っぽくて苦笑させられます。
手塚眞「スティンガー」
 浮浪者の間で恐れられる“スティンガー”。それを追うブラック・マンとミツルが見たものは…
 この作者は「ヴィジュアリスト」と紹介されていますが,その肩書に恥じず,映像性とスピード感にあふれた作品に仕上がっています。ストーリィ的にはやや単純すぎるきらいもあり,もうひとひねりくらいほしいところではありますが・・・
夢枕獏「血吸い女房」
 夜な夜な女房たちの血が吸われる事件が発生。解決を依頼された晴明は…
 こんなところで「陰陽師シリーズ」に出会えるとは思えませんでした(笑)。西洋的なイメージの吸血鬼を取り上げた作品が多い本集中,唯一「日本的吸血鬼」を描いている点,異色の一作と言えましょう。ただ「日本的」ということになると,こうせざるをえないのでしょうが,やはりロマンチシズムに欠けるところがありますね。展開は,このシリーズのフォーマットを踏襲したものです。

00/07/06読了

go back to "Novel's Room"