田中啓文『水霊 ミズチ』角川ホラー文庫 1998年

 宮崎山中の遺跡から湧き出た泉の水を飲んだものは,激しい腹痛に襲われたのち,異常な食欲を見せるようになる。その水にはいったい何が隠されているのか? 民俗学者・杜川己一郎は,オカルト雑誌記者・戸隠とともにその謎を追う。そして恐るべき霊能力を秘めた少女・渚由美の正体は? 太古の邪神が現代に蘇るとき,世界は震撼する!

 神話ネタの伝奇ホラーです。イザナギとイザナミの黄泉の国に関する日本神話は有名な話ですが,その中の一節,「私はあなたの国の人を一日に千人絞め殺しましょう」というイザナミのセリフと,「禊ぎによって流された汚れはいったいどこへ行ったのか?」という,素朴とも言える疑問をもとにして,さらにそこに「名水」という現代的なネタをうまく絡ませることで,迫力ある作品に仕上げています。とくに「水」を重要なアイテムに使ったところは,どこか「バイオ・ハザードネタ」のSF作品を思わせるところがあり,効果的といえましょう。ストーリィも,主人公たちにつぎつぎと謎や危機が襲いかかり,スピーディに展開しますので,サクサクと読んでいけます。
 また,泉の水を飲んだ人間が,しだいに異形へと変身していくところや,その原因である“蛇”の正体など,グロテスクなシーンも,随所に盛り込まれています。“蛇”の正体は,ネタばれになるので書けませんが,なかなか不気味で,思わず自分のお腹をさすってしまいました(笑)。

 そういった点では,楽しい作品ではありますが,ただ盛り上げ方が少々あざといところがあるのが,残念ですねぇ。たとえば宮崎を急遽離れざるを得なくなった主人公が,教授の事故死のため1ヶ月間,忙殺されるところとか,異形のものに襲われた主人公が2週間も昏睡状態に陥り,「飯綱山のおいしい水」の販売の直前になるまで身動きとれなかったとか,同じ手法を使っているというせいもあるのでしょうが,あまりに出来過ぎている感が残ってしまいました。
 また主人公をめぐる,まゆみ由美の三角関係の描写も,一方で妙に誇張されているかと思えば,その一方で曖昧なところもあって,いまひとつしっくりこない感じです。とくにまゆみのキャラクタ造形と,彼女に対する杜山の対応など,ラスト直前でのクライマックスに展開させるために必要な部分もあったのでしょうが,不自然な印象が強いです(単に,主人公の性格が嫌い・・ということだけかもしれませんが^^;;)。

 ところで,途中で変わってしまいましたが,この主人公のイメージ,最初は,諸星大二郎「妖怪ハンター・シリーズ」の主人公稗田礼二郎を思い出してしまったのは,わたしだけでしょうか?

99/02/11読了

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