諸星大二郎『六福神』集英社 1998年

 さて『黄泉からの声』以来,4年ぶりの「妖怪ハンター」というか「稗田礼二郎のフィールド・ノートより」のシリーズです(わたしとしては後者のサブ・タイトルの方が好きです)。それにしても,この人のシリーズものはいつも息が長く,忘れた頃に復活してきますね。ファンとしてはうれしいですが・・・(次回はいつだろう・・・(°°))

 この巻では6編が収録されていますが,最初のエピソードは「産女の来る夜」。舞台は雪深い冬の東北地方,「寒里村」です。旧家田加部家に伝わる「カムドイ」の儀礼,そのミコとして参加させられた女性・繭子は,奇怪な出来事に遭遇し・・・というストーリィ。いわゆる「異人殺し」「異類婚姻譚」を足して二で割ったような内容です。赤ん坊の鳴き声を聴いて,駆けつける母親の姿は,グロテスクな異形ではありますが,どこかもの悲しい雰囲気があります。赤ん坊を抱き上げて(?)笑みを浮かべるシーンもいいです。

 つづいての「海より来るもの」「鏡島」「六福神」「帰還」の4編は,『黄泉からの声』所収の「うつぼ舟の女」に登場した中学生(高校生か?)コンビ大島くん&渚がメインとなり,稗田はセリフのみの出演です。舞台は「うつぼ舟・・」と同様,ふたりの住む海辺の町・粟木町(ご丁寧に地図付きです。でもその地図には海に化け物の姿が描かれたりしていて,中世ヨーロッパの古地図のような趣があります(笑))。
 これら4編は,それぞれ扱われるネタは違いますが,いずれも「海の向こうからやってくる怪異・異形」という点では共通しています。たとえば「海より・・・」では「寄りもの信仰(エビス信仰)」,「帰還」では「補陀落信仰」といった具合です。わたしはこの「帰還」のエピソードが好きで,「補陀落渡海」直前に美女に心を奪われ,極楽浄土に行けなかった僧侶の魂が戻ってくるというシチュエーションは,取り澄ました宗教心だけでは救うことのできない人間の「業」のようなものを感じさせます。とくに,
「お松――! わしだ 智涯が帰ってきたぞ! 補陀落から帰ってきたぞ―――!」
と叫びながら,海から舟に乗って還って来る僧侶の死霊の姿は,そんな「業」を迫真のタッチで描き出しているシーンだと思います。
 いやむしろ,こういった人間の「業」やら「欲望」やらこそが,巷間に伝わるさまざまな信仰や伝説の根幹をなすものなのかもしれません。だからこそそこに「怪異」が生じるのでしょう。「怪異」「妖怪」というのは,そういった人間の「業」や「欲望」を写し出す鏡なのかもしれません。

 ラストの「淵の女」は河童ネタです。調査中,山中で道に迷ってしまった稗田は,和装の美女に出会う,彼女の言葉に従って訪れた村には奇妙な人々が住み・・・というお話。河童の由来譚については全国各地でいろいろあるようですが,作中で触れられている,名工・左甚五郎がつくった藁人形が河に流されて河童になったという説話は,どこかユーモラスで楽しいですね。でも,「尻子玉」を抜かれる際,くすぐったいので笑っているうちに溺れ死んでしまうというイメージは,なんとも不気味ですね。

98/12/22

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