森博嗣『黒猫の三角』講談社ノベルズ 1999年

 3年前の7月7日,11歳の少女が殺され,翌年の同月同日,22歳の女子大生が,そのつぎの6月6日には33歳のOLが殺された。そして今年の6月6日,44歳の小田原静江の元に脅迫状が・・・。しかし,警護を依頼された阿漕荘の面々の目前で静江は絞殺されてしまう。おまけに現場は密室状況。“ゾロ目”にこだわる殺人鬼はいったい何者なのか?

 というわけで,この作者の新シリーズです。『地球儀のスライス』所収の「気さくなお人形,19歳」に登場した小鳥遊練無(たかなしねりな)香具山紫子がメイン・キャラクタとなります。さらに,そのときに名前だけ出た保呂草潤平瀬在丸紅子らが加わります。
 「気さくな・・・」での饒舌体一人称で長編をやられたらかなわんなぁ・・とも思っていたのですが,幸い(笑)三人称でした。新シリーズとはいえ,文体やエキセントリックな登場人物,すべるギャグや楽屋落ち^^;;,韜晦趣味などなど,これまでのテイストを踏襲しているようです。ですから「新しい世界」というよりも,「見慣れた風景」といった感じが強かったですね。

 以下の感想文は,ネタばれギリギリとなっています。未読の方はご注意ください(念のため10行ほど行換えしておきますね(^^ゞ)。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本作品では,出入り口はすべて鍵がかかり,さらに衆人環視下の一室で絞殺死体が発見されるという,密室殺人がメインの謎になっています。そのトリックそのものは単純であり,あるいは使い古されたものといってもいいでしょう(もちろん,アレンジを加えていますが)。しかし,作者は巧妙にその可能性が排除されるような「仕掛け」を施します。それは,レトリック的な「仕掛け」であるとともに,「新シリーズ第1作」であるという,読者に対する,いわば「心理的な仕掛け」でもあります。作中人物には見通せることが,読者には見通せない,とは言わないまでも,見通しにくいという「作り」になっています。ですから,探偵役によって真犯人が指摘されると,「をを,なるほど」という驚きがもたらされます。「シリーズ第1作」だからこそできた「仕掛け」であるとともに,そのことをじつに巧みに利用しているといえましょう。
 が,その一方で,この作品で採用されている「仕掛け」には,「この道はいつか来た道」という印象を受けるところも大きいです。「犀川&萌絵シリーズ」においても,その後半,シリーズという特性を効果的に生かすとともに,レトリック的な「仕掛け」を施した作品が目につきましたが,この作品もその延長線上にあるといえましょう。ですから,真相そのものの意外さを,「仕掛け」の類似性が減じてしまっているように,わたしには思えました。
 またこの作者の描く犯人は,エキセントリックな動機がしばしば描かれ,本作品においてもその傾向が見られますが,今回の「なぜ一定のルールで殺人を犯すのか?」という謎に対する答が,韜晦趣味が強すぎるように感じられたのも,いまひとつ楽しめなかった原因のひとつかもしれません。

 異なる「迷彩」を施した同じ形態の「罠」がいつも楽しめないというわけではないにしろ,違う形の「罠」も読んでみたいものです。

98/05/16読了

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