牧野修『呪禁官』ノンノベル 2001年

 「ギアは自らが変わりゆくことで,永遠に変わらないものを見つけたような気がした」(本書より)

 “呪禁官”・・・それは非合法な呪的活動を取り締まる特別捜査官。少年ギアは,父の遺志を継いで呪禁官になるため,日夜,修練に励む。一方,「神の軍勢」の復活をもくろむ不死者・蓮見。そして過激な科学者集団“ガリレオ”によってサイボーグテロリストと化した米澤。それぞれの暗躍によって,科学とオカルトが逆転した世界は壮絶なバトル・フィールドへと変貌していこうとしていた・・・

 『MOUSE<マウス>』において,SF的シチュエーションに,「言葉」による呪術的闘争を挿入することで「異界」を創りだしたこの作者,本作品では,オカルトが科学と同等,いやそれ以上の実効性を持つ「パラレル日本」を基本設定として採用しています。それは同時に「裏返しの世界」でもあります。たとえば,メイン・キャラクタのひとり米澤が,飲み屋でサラリーマンに投げかける言葉−「科学には四百年の歴史があるんだ!」−は,しばしばオカルティストが,科学者に対して自らの歴史の長さを主張する言説のパロディとなっています。また彼が科学誌編集者としての地位を破滅させる事件は,実際にあった「ソーカル事件」を(裏返しの)モデルにしていると思います。さらに米澤たち「ブレーメンの音楽隊」が行うテロリズムは,まさにカルト集団のそれとだぶります。
 作者は,そんな「裏返しの世界」に,古今東西の,さまざまなオカルト的アイテムを投げ込みます。西洋の白魔術・黒魔術,古代中国の蠱毒,日本の神道系・陰陽道系の呪術などなど,さながら「魔術のデパート」といった感じです(笑) おまけに呪禁官は,呪術に通じているだけでなく,格闘技も得意でなければいけないということで,呪術合戦以外のすさまじい肉弾戦もまた展開され,それがストーリィに緊迫感とスピード感を与えています。

 そして本編の魅力のひとつとなっているのが,主人公ギアこと葉車創作の設定でしょう。彼は,殉職した父親を継いで呪禁官になるため,県立第三呪禁官養成学校に通っています。けっして優等生ではなく,むしろ教官から「学校を辞めた方がいい」と言われるようなタイプです。彼の周囲にいる友達−ソーメン・貢・哲也−もまた,それぞれに特技もあれば,その一方で「弱点」を抱えており,彼らと協力しあいながら,厳しい養成学校での教練を乗り越えていきます。
 とくにいじめっ子の先輩望月らと「賭け」をして臨む「演習」で,それぞれの「弱点」を克服しながら合格するところは,どこか軍隊を舞台にしたハリウッド映画のような手触りがあります(『愛と青春の旅立ち』みたいな)。いわば「青春物語」「ビルドゥング・ロマン」的な色合いをメインに据えたことが,本編の特色となっています。

 登場する魔術的アイテムは,オカルトものを読んでいる者としては,比較的見慣れたものですし,またギア・蓮見・米澤という,3本のストーリィを並行させつつ,ラストでそれを収束させてクライマクスへと盛り上げている展開もオーソドクスなものと言えましょう。そういった意味で,やや新鮮みに欠けるうらみはあるものの,上に書いたような青春ストーリィと上手にミックスさせている点,スピード感あふれる展開などが楽しめる作品でした。

 ところでこの作品の基本設定,いろいろと展開できるものですので,人気が出れば,もしかしてシリーズ化されるかもしれませんね。成長して正式の呪禁官となったギアたちの活躍とか,殉死したギアの父親(初代ギア?)と龍頭を描いた番外編とか・・・

01/10/06読了

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