星野之宣『残像』MF文庫 2000年

 新旧取り混ぜた計6編を収録しています。

「美神曲  APHRODITE INFERNO」
 金星の熾烈な環境下で採鉱をつづける巨大コンピュータが狂った…
 本当の苦痛は,「地獄」にいることではなく,「孤独」であることなのかもしれません。「意志を持ったコンピュータ」という,SFではオーソドックスなネタを,ひねりを加えた舞台設定を施すことで,サスペンスフルな作品に仕上げています。ダンテ『神曲』とのマッチングも上手いですね。
「残像 AN AFTER IMAGE」
 月面に落下した隕石のため死んだ女性地質学者。彼女の遺品から2億年前の地球の写真が発見され…
 SFとラヴ・ストーリィは相性が合うようです。それは,SF的想像力でもって,現実にはありえない「愛の奇蹟」を描き出すことが可能だからでしょう。前にも一度書きましたように,この作者にはSFタッチのラヴ・ストーリィの秀作がいくつかありますが,本作品は,その中でも最高傑作と言えましょう。SF的想像力とリリシズムとの見事なまでの融合です。「2億年前の地球の写真」という魅力的なイントロダクション,カット・バックで挿入される主人公と死んだ女性との過去,冒頭の謎が理詰めで解決されるとともに,その結果として描き出される哀しく美しいイメージ,そして「残像」というタイトルがもうひとつの,死んだ女性のせつない思いを伝える意味を持ってくるラスト。またそこに月と地球との関係をメタファとして重ね合わせる描写などなど,一片の無駄のないストーリィ展開も秀逸です。「月夢」と並んで,大好きな星野短編のひとつです。
「世界樹」
 火山性の地震がつづく火星に降り立った地質学者・降矢木夏子。彼女はそこで,氷に密封された大樹を見る…
 この作者の作品には,たとえば,本書所収の「美神曲」における『神曲』や,『2001夜物語』所収の「悪魔の星」でのミルトン『失楽園』など,古典的な文学作品とSF的シチュエーションとを巧みに重ね合わせる手法がときおり見受けられます。本作品も,文学作品というのとはちょっと違いますが,北欧神話に出てくる「世界樹」と火星という,思いもかけぬ組み合わせが楽しめる作品です。ただ全体としてちょっと冗長な感じがしますね。それにしてもソビエトはもうないんですよねぇ・・・
「遠い呼び声」
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「海の牙」
 最新鋭の原子力潜水艦が沈没した。救助に駆けつけた老船長が目撃したものは…
 この作者の初期長編『ブルーシティ』のインサイド・ストーリィです。科学の粋を集めて造られた原子力潜水艦を沈没させた“怪物”の正体が,じつに意外で,またどこか皮肉な感じもします。
「暁の狩人」
 約20万年前の氷河期,長老の言にしたがい,アトルたちは,永年住んできた洞窟を捨て南を目指す…
 極寒の中での大移動,ネアンデルタール人の襲撃,集団内部での確執,長老の意外な正体・・・と,氷河期が舞台という風変わりな冒険ものかと思いきや,ラストにいたって「これはびっくり!」。う〜む・・・唸らされるオチですね。

00/05/03

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