岡崎二郎『時の添乗員』1巻 小学館 2002年

 私どもには特別なツアーが用意してありまして,それは今,あなたが悩んでいることを解決してくれるかもしれませんよ。あなたが,行ってみたい,戻ってみたいと思う,過去の一点にお連れするツアーです…

 久々の岡崎二郎の新刊です。『NEKO2巻以来ですから,2年ぶりです(その間,出てませんよね? 出ていたらぜひご教示ください。速攻で買いに行きます(笑))。
 今回は「過去に囚われた人」からの依頼を受け,その人を過去のある一点に,一回だけ連れて行くという「時の添乗員」を主人公とした「タイム・トラベルSF」の連作シリーズです。

 「過去のある一点」に戻りたいという想いは,多くの人が多かれ少なかれ心のどこかで持っているだけに,こういった設定の作品は,叙情的な,あるいは人情噺的なテイストを帯びるのは常道といえば常道です。ですから,この手法を安易に用いると,いわゆる「お涙頂戴物」となってしまう場合も多々あります。逆に言えば,そこにどれだけのオリジナリティやユニークさを加味できるかに,その作家さんの力量が現れるといえましょう。
 さて本シリーズ,やはり短編作品を得意とする作家さんだけに,フォーマットをふまえつつも,巧みに「仕掛け」を施している作品が見られ,楽しめます。
 たとえば「第一話 あの日への旅立ち」は,立身出世した大会社の社長が,若い頃に惚れ,別れた女性の「最後の言葉」を聞きたいという願いをかなえます。ありがちなシチュエーションではありますが,ラストで女性の正体を明らかにすることで,別のタイプの叙情的な作品に転じているところは,この作者の作品の妙味といえましょう。
 また「第四話 藤子像」は,父親が,愛人であった母親をなぜ捨てたのか,という,いわば定番中の定番的モチーフを扱いながらも,「藤子像」の不可思議な腕の形は何を意味しているのか,という,もうひとつの「謎」を絡ませることで,意外性がありながらも,すっきりとした短編に仕上げています。
 そして「第三話 交換日記」。わたしが一番好きなこのエピソードは、戦前に別れ別れになったドイツ人の友人が,森のどこかに隠した「交換日記」を探す女性社長のお話です。このエピソードでは,タイム・トラベルのメインの目的はもちろん「日記の隠し場所」を探し出すことですが,むしろ本当の面白味は,そのあと,交換日記が思わぬ場所から発見されるというツイストであり,そしてそのツイストが,ふたりの女性の友情を改めて浮き彫りにするというプロットの巧妙さにあります。
 一方,叙情性が主調となっている本シリーズで,やや異色なのが「第二話 消えた証拠」です。時効を1ヶ月後に控えた強盗事件,老刑事はひとりの男を真犯人と直感するが,証拠がない,その証拠の行方を知るために過去にさかのぼるという,ミステリ・タッチの作品です。タイム・トラベル中に刑事が事件に関わりを持ってしまうことが,じつは事件の真相に深く結びついているところや,クライマクスで,前半に引かれたさりげない伏線が巧みに用いられている点など,発想をSFに置きながらも,「お話作り」という面ではミステリ的なものを取り入れるのが上手なこの作者らしい作品といえましょう。

 ただ上の感想文からもご想像がつくかと思いますが,本巻前半のエピソードは,いずれもひねりが加えられた佳品が多いのですが,後半になると「お話性」よりも叙情性が前面に押し出されている感があり,それはそれで味わいはあるものの,個人的にはちょっと物足りない感じが残りました。わたしがこの作者にどういった作風を期待しているのかも,よくわかる作品集でもありました。

02/04/12

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