山岸凉子『時じくの香の木の実』角川書店 1987年

 この作者の短編は,コミック版,文庫版含め,いろいろな短編集が出ているため,あちこちで収録作品が重なっています。だから違う名前の短編集でも,開いてみたらほとんど既読,なんてことも往々にしてあります。おまけに,個人的には,何度か持っているコミックを整理してしまったため,どの短編がどの短編集に入っていたか,確認する術がありません。で,結局,見かけた短編集を手当たり次第に買う,という,なんとも不経済な買い方をせざるを得ない状態です。この作品集もかつて(たしか)持っていたものですが,HP開設以前でしたので,改めて感想文などを・・・。

「常世長鳴鳥(とこよのながなきとり)」
 美貌で病弱な姉とぱっとしない妹。ストレスとコンプレックスは,本人さえ知らぬうちに沈殿,堆積し,そして人を狂わせていく,というお話です。同じ作者の作品に「木花佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)」というのがありますが,「できのいい姉と不良妹」という似たような設定です。「木花・・・」では,妹に理解者が現れ,ハッピーエンドとなりますが,この作品では,孤立無援の妹は,ただただ奈落へと堕ちていきます。『シュリンクス・パーン』の感想文でも書きましたが,この作者は,同じモチーフで,結末が対になるような作品が,けっこう多いのかもしれません。
「青海波」
 盲目の少年・多(まさる)には,普通目に見えない人々,死者の魂を見ることできるという設定です。死者たちが海辺を歩いて“あの世”へ行くというイメージがいいです。また彼らを見守る少年の,淡々としていて柔らかな眼差しが,作品に不思議な雰囲気を与えています。とくに冒頭の少女とのシーンは幻想的で,そしてちょっともの哀しいです。
「天沼矛(あめのぬぼこ)」
 「櫻」をメインモチーフとして,「夜櫻」「緋櫻」「薄櫻」の3編よりなります。わたしは「緋櫻」が一番のお気に入りです。結婚相手との新居を実家の庭に建てることになった佐江子。古い桜の樹を切り倒すことになりますが・・・。派手ではありませんが,日常生活にするりと忍び込む恐怖を描いています。「薄櫻」も,シンとした切なさを描いた作品です。
「副馬(そえうま)」
「水煙(すいえん)」
 この2編はともに日本古代を舞台としています。「副馬」の方は,いわば「傘地蔵」の古代版みたいなお話。「水煙」の方は,古代動乱期中の一エピソード,といった感じです。『日出処天子』のヒットで,この作者は日本古代を舞台にした作品をよく書くようになったのではないかと思いますが,作者がそういったものを描く理由,あるいは編集側の描かせる理由は,多少きつい言い方かもしれませんが,多分に「ものめずらしさ」みたいなものがあるのではないでしょうか。どちらも物語としてみると,物足りないものを感じます。
「時じくの香の木の実」
 生者の如く振る舞う死者,巨大な権力を持つ幼児,不老不死,近親相姦,両性具有・・・。そんなどこか歪んだ非日常的な状況や人物たちが繰り広げる,不気味な物語です。きわめつけは,最後のページです。「バカにしないで,わたしの分別まで8歳というわけではないのだから」というモノローグ,人形を抱えた“少女”,そしてその背景に描かれた核爆弾のキノコ雲という画面が醸し出すアンバランスさ。そのアンバランスさが,モノローグ中の「分別」の程度を如実に表していて,見るものに底知れぬ不安感を与えます。世俗の権力は,他の世俗の権力によって容易に取って代わられる危険性がつねにあります。だから時の権力者は,善悪の彼岸にある“聖”あるいは“異界”の力にその保証を求めるのでしょう。ただしそれらは善悪を超えているがゆえに,気まぐれで,移ろいやすいものなのかもしれません。結局,“世俗”を支えているのは,奥深い,あいまいな,そして不安定な“聖(あるいは邪)”なのかもしれません。それにしても,この作品に出てくるく×××シーンは,なんとも淫猥ですねえ。

97/07/22

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