山岸凉子『シュリンクス・パーン』 文春文庫 1997年

 5編よりなる短編集です。表題作と「パニュキス」は,「天人唐草」などのような,主人公が狂気の奈落へと滑り落ちていく物語と,ちょうど対になるような作品ですね。とくに表題作は,一種の「性の抑圧」を描いていますが,「天人唐草」の主人公が,狂気という檻の中で「解放」されるのに対し,こちらでは,途中のプロセスは省略してありますが,最終的には,狂気へ陥ることなく,その抑圧から救われます。
 「パニュキス」も,ネリーの根深いブラザーコンプレックスと,それからの解放が,メインテーマになっているようです。一方で,「抑圧」や「こだわり」ゆえに,破滅的な結末をたどる主人公を描くとともに,もう一方で,こういった「解放」と「救済」の物語も描いていたのだな,と,新鮮に感じました。ただどちらも,いわば「白馬に乗った王子様」の出現が,その契機になっている点,しょうしょう物足りなさを感じました。

 さて本作品集でのイチ押しは,「パイド・パイパー」です。夫の転勤でT県M市へ引っ越すことになった主人公。そこは23年前,幼い主人公の妹が誘拐され,殺された街。暗い記憶を引きずる主人公をふたたび襲う娘の誘拐事件。ふたつの事件はいったいどのようにつながるのか?
 おもしろかったです。すごくおもしろかった。23年前の事件に関する主人公の負い目,夫の不倫に悩みながら,なかなか決着がつけられない主人公の不安,そして誘拐された娘を探すサスペンス。それらが重なり合うよう描かれ,作品全体が緊張感と重く不安な雰囲気に包まれています。また伏線も丁寧に引かれていて,クライマックスへの流れもスムーズです(クライマックスはもうちょっとページ数がほしかったような気もしますが)。
 さらに犯人の心理を,単に「異常者」として「向こう側」に追いやっておしまいにするのではなく,われわれの日常に見られる心理の延長としてとらえている点も,そこらへんの「サイコキラー」ものとは,一線を画しています。最後の,主人公の,困難ではあるけれど意志的な結末にも好感が持てました。良質な翻訳サスペンスを読んだような気分です。

 「グール(屍鬼)」「鏡よ鏡」は既読。「グール」は,短編というより掌編あるいはショートショートに近いのではないでしょうか。「死を自覚していない死者」ものです。「鏡」のお母さんはやっぱり怖い。おとぎ話では,白雪姫をいじめるのは継母となっていますが,もともとの話では実母だった,というようなことを聞いたことがありますが,どうだったでしょうか?

97/06/10

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