坂田靖子『珍見異聞』全2巻 潮出版社 1991・1993年

 平安時代(あるいは一部中世?)を舞台にした短編12編をおさめています。
 買ったのはずいぶん前なのですが,先日読み返してみて,買ってすぐに読んだときにはさほど感じられなかったおもしろさが,じわじわと感じられてきて,旧作ながら感想文を書こうと思い立った次第です。

 「坂田版『今昔物語』」とでも言いましょうか,各編いずれも,奇妙な話,不可思議な話,もののけの出てくる話です。しかしそこには「恐怖」はなく,むしろほほえましいユーモアにあふれています。主人公も,いかにも坂田作品らしく,茫洋としていて,人のいい好人物ばかりです。
 たとえば,「第1話 雪笹」は,小づちを拾った貧乏貴族の元を訪れた「わけのわからないもの」が福をもたらしくれる話ですし,また「第2話 味噌ひとなめ」は,味噌田楽の好きな貧乏医者が,思いもかけず化け物を退治してしまう話です。
 そのほかにも,鬼の子どもとの交流を描いた「第10話 桶」や,壁のシミだった「女」が実体化するという「第11話 壁の女」,化ける狸が住み着いたことから「化け物寺」と呼ばれるようになってしまったお寺の話「第12話 化け物寺」などなど,いずれもユーモアがあってほのぼの,ときおりせつない雰囲気もある佳品がそろっています。

 なかでも,わたしが一番好きなのは,「第7話 春の磯」です。浜に住む貧しい漁師の娘が,「ハマグリの夢」に包み込まれ,その夢の中で貴族として暮らします。そして夢の中で出逢った男と結婚し,子を成し,数十年を過ごします。ある日,夫に「これは夢の中なのです」と告げると,夢が醒めしてしまいます。物語は,そのあとにハッピェ・エンドを用意しているのですが,なによりいいのが,この女性主人公のキャラクタです。
 「夢」を,さながら現実の生活であるかのように送る,というパターンの物語は,それこそ古くからたくさんありますが,それらはどこか悲劇っぽい匂いがつきまといます。つまり「幸せな夢」と「苛酷な現実」とが対置され,「夢から醒める」ことは「苛酷な現実への(不本意な)回帰」とされるようものが多いように思います。この作品でも,やはり同じようなシチュエーションなのですが,主人公は「幸せな夢から醒める」ことの悲壮感を感じさせません。彼女は,夢から醒めながら,「目が覚めたら海草を干さなきゃ・・・」と考え,するりと現実へと移り住んでいきます。そして「ずいぶん不思議な夢だったわ」と笑みを浮かべながら呟きます。そんな彼女の無欲なキャラクタが,ラストでのハッピィ・エンドをじつにすがすがしく,さわやかなものにしています。

 ところで,この作者,最近ホーム・ページを開設されたようです。わたしの好きな『伊平次とわらわ』をめぐる製作裏話なども読めます。

98/05/01

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