坂田靖子『伊平次とわらわ』全2巻 潮出版社 1996年

 頃は平安時代。伊平次は,墓場のはずれに住んでいる。墓守なのだが,たいして仕事もないのでヒマだった。ところが,ある日,そんな伊平次のもとに,化け犬の“わらわ”がやってくる。「中納言の姫」と名のり,人語を解するその犬には,どうやら成仏できない霊が取り憑いているらしい。それ以来,伊平次と“わらわ”の同居生活が始まって・・・。

 いやあ,楽しい作品です。タイトルを見たとき,「“わらわ”っていうのはなんじゃ?」と思いましたが,古語でいうところの「わたし」の意味だったんですね。「中納言の姫」の霊が取り憑いた化け犬が,「わらわ,わらわ」というもんだから,伊平次がつけた名前です。
 このキャラがなんともいいです。顔は,赤塚不二雄「つなぎ目のおまわりさん」みたいな感じで,そのくせ,話す言葉は貴族言葉。おまけに元がお姫様だっただけに,いうことなすことわがままで浮き世離れしていて,自分が犬という自覚がないくせに(なにしろ,二本足で歩くんですから(笑)),しっかり犬の本能にしたがって,猫を見ると飛びかかります。
 伊平次の方も,最初はいやがっていますが,次第に「憎めない奴」みたいな感じになっていき,化け物相手にことを構えるときには,けっこう頼りにしたりします。そのふたり(?)の掛け合いが,なんともとぼけていて絶妙です。

 さて一方,主人公の伊平次も魅力的です。この作者の好んで描く主人公と同様,どこか茫洋としていて,そのくせちょっと短気だったりします。そしてこの伊平次,なかなかの硬派です。「第六話 わらわの春」では,出世した幼なじみに歓待されますが,どうやらその目的は“わらわ”にあるらしい。呪いを解くために“わらわ”を殺そうとする友人に対して,「てめーが助かりたいばっかりに,関係ないもん殺すだと!」と激怒します。
 また「第十六・十七話 長者の娘」では,化け物に変えられそうになる娘を助けに,“わらわ”とともに化け物の巣へ乗り込みます。
「俺は人間は人間でいたほうが,いいと思う。人間に戻りたい亡者を山ほど見てるんだ」
というセリフにはしんみりとさせられます。もっとも,それに対して化け物から「人間ごときがそんなによいものか?」とつっこまれますが(笑)。

 それと,この作者のミステリ好きは有名ですが,この作品には,ミステリ趣向のものもいくつかあって,そこらへんも楽しかった理由のひとつです。坂田作品は『底抜け珍道中』をはじめ,好きでよく読みますが,この作品は,その中でもかなり上位に置けるんじゃないかと思います。

97/08/06

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