坂田靖子『珍犬デュカスのミステリー』1巻 双葉社 2001年

 この就職氷河期に,なんと月給40万円で建設設計事務所に就職できた谷待冴子。ところが,社長はまったく経営感覚のない能天気な人物。おまけに,甘党でコロコロと太った,彼の飼い犬デュカスが会社に出入りしている。そしてこのデュカス,じつは言葉が話せるのだった・・・

 この作者のミステリ好きは,ミステリ・パロディ集『バスカビルの魔物』や,各種短編に漂うミステリ・テイストからも十分にうかがえますが,本作品は,犬が喋るというファンタジィ色を持ちながらも,各編すっきりとしたミステリ連作短編集に仕上がっています。またお得意の,どこかとぼけた感じのユーモアも,十二分に楽しめます。

 たとえば「新居改築承ります」では,あちこちの建築設計事務所に改築依頼が殺到するが,いずれも「いたずら」ばかり,その背後に隠された謎は・・・というお話です。けっこうヘヴィなネタを扱いながらも,テンポよくストーリィが展開し,また社長の間の抜けた言動がコミカルで笑えます。そしてなんといっても,「なぜそういった事態に陥ったのか」というと,じつは冒頭の短いエピソードが伏線になっているところが巧いですね。
 また「配水管」は,まだきれいな風呂場の改修を頼まれた冴子たち。ところが,そこの息子から奇妙な依頼をされ・・・というお話。建築事務所が舞台という設定が,よく生かされている作品です。またやたらと醒めた息子の発言にとまどう冴子ですが,それに対するデュカスの反論(?)が,ちょっとホッとさせられます。
 一方,ホラー・タッチの作品もあります。「予知夢」では,改築の相談に行った社長と冴子,社長にはその家に老人が同居しているように見えるのだが・・・という内容。最後に明かされる「真相」は,けっこう陰惨なのですが,この作者独特のほんわかタッチの絵柄と,社長のとぼけた受け答えが,むしろ苦笑を誘うオチになっています。
 社長のキャラクタが生み出すユーモアと,サスペンス的な展開が上手に絡み合っている,わたしの一番好きなエピソードは「夜のミステリー」です。建築現場の点検に行った社長と冴子は,そこで変な老人と孫と出会い・・・というストーリィです。社長のペースにのせられ,「あれ? あれ?」と戸惑いながら読んでいった末に,「あ,なるほど,そういうことか!」と思わず膝を打つ鮮やかなオチ。冒頭とラストで描かれたエピソードも,なんだか,いかにもありそうな感じでいいですね。
 このほか,「取り立て屋」で出てきた,社長の別れた奥さん珠緒。社長とは180度正反対の性格の彼女が絡む事件も,これから描かれそうな気がします。楽しみです。

01/02/17

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