諸星大二郎『私家版鳥類図譜』講談社 2003年

 「鳥」をキーワードにした,この作者独特のイマジネーションがたっぷりと楽しめる連作短編集。6編を収録しています。

「第1羽 鳥を売る人」
 「空のない町」にやってきた行商人。彼は「鳥」と呼ばれる不思議な動物を携えており…
 地上が放射能で汚染されたため(?),地下に住むことになった人間たち。それもすでに数世代を重ねているようで,「鳥」の実物はおろか,概念さえも失われた世界でのお話。「鳥」テーマの作品の冒頭に,こういったシチュエーションを持ってくるところは,じつに奇想に富んでいますね。でもって,その「鳥」が食えるか食えないか,という議論(?)に,けっこうページを割いているところは,この作者のユーモアが感じられます。ラスト,通風孔の中を飛び立っていく「鳥」の姿は,すがすがしくもあり,そんな「空」へと飛び立てない人間の哀愁も感じられます。
「第2羽 鳥探偵スリーパー」
 おれの名はスリーパー。鳥の町に住む鳥の探偵だ…
 カッコウの託卵を「謎の幼児失踪事件」に見立てたり,モズのハヤニエを「快楽猟奇殺人事件」に見立てたりと,思わず苦笑が漏れるユーモアにあふれた作品。そしてラスト,やたら眠くなるという主人公スリーパーの「正体」が明かされるところには爆笑してしまいました。ある世代以上の方にとっては,まさに見慣れた「鳥」ですね。うちにもいました(笑)
「第3羽 鵬の墜落」
 飛び立とうとする鵬が墜落。鳥たちの世界は,大混乱に陥り…
 なんだか学習マンガみたいなテイストもありますが(笑),たしかにこのように描かれてみると,「鳥ネタ」の故事成語って,けっこう多いですね。それだけ古代中国人にとって,鳥というの見立てやすい,なじみ深いものだったのでしょう。「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」って,燕雀自身がしゃべっているのには笑っちゃいます。そして,さらに西王母による「人類創世神話」へと結びつけられ,「できの悪い人間」が生まれた「理由」が,しっかり説明されています(笑) わたしもきっと「鳥」に作られた方でしょう^^;; ところでラストの4ページをカラーにしているのは,あまり効果を上げていないように思うのですが…
「第4羽 塔に飛ぶ鳥」
 塔の形をした“世界”に紛れ込んだ記憶喪失の男。彼は“世界”の外の“虚空”に惹きつけられるが…
 『夢の木の下で』などの作品に見られる「諸星的異形世界」です。竹の節のような,不可思議な“世界”の有り様や,主人公の“世界”に対する違和感,拒絶感,そして外の“虚空”に惹かれる姿は,どこか寓話的なテイストを持っています。ショッキングなラスト,それを呆然と見つめる主人公の顔は,“世界”を拒絶しながらも,“虚空”を愛することは,必ずしも簡単ではないというアイロニィが感じ取れます。
「第5羽 本牟智和気(ほむちわけ)」
 出雲に軍を進める大和勢。ひとりの男が,大王の皇子のために“鳥”を探すよう命じられるが…
 佐賀県の吉野ヶ里遺跡に行くと,村の入り口に建つ木製ゲートの上には,鳥の模型が飾られています。まさに「鳥居」です。またヤマトタケルは,死後,白鳥になったと伝えられています。ですから,この作品に出てくるような「鳥の声を聞く巫女・鳴女(なきめ)」がいたとしても,けっしておかしくないように思います(そう思わせるところが,この作者の十八番なんですが)。
「第6羽 鳥を見た」
 廃ビルの給水塔で見かけた大きな鳥の正体を,“ぼく”は友だちとともに,突き止めようとするが…
 この作者の初期の作品に「ぼくとフリオと校庭で」という,少年のナイーヴな気持ちを描いた秀作がありますが,この作品もそれに通じるものがあります。「給水塔の鳥」の謎をめぐって,3人の少年たちの交流,彼らなりの悩みと哀しみ,不安を的確に切り取ってみせています。「給水塔の鳥」とは,彼らのおそれと不安の象徴であるとともに,少年時代ならではの「特権」−異界を見ることのできる「特権」なのかもしれません。本集中,一番楽しめました。ところでタイトルは,やっぱり『ウルトラQ』が元ネタなんでしょうね?

03/04/05

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