楳図かずお『洗礼』全4巻 小学館文庫 1995年

母親とは娘にとって何か?
娘とは母親にとって何か?
そして・・・・・・・
母親は娘に何を与えたか?
(本書より)

 美人女優・若草いずみは,老いと,顔にできた醜い痣のために絶望していた。が,かかりつけの医師・村上より,あることを提案されたのをきっかけに芸能界を引退,人々の前から姿を消す。10年後,彼女が引退直前に産んだ娘・さくらは美しい少女に成長していた。さくらを溺愛する母親いずみ。しかし,彼女がさくらを産み,溺愛するのは,隠された恐ろしい企みゆえであった・・・。

 いまさらわたしが紹介するまでもなく,楳図ホラーの代表作のひとつです。既読作品ですが,古本屋で文庫版4冊が並んでいるのを見て,購入,再読しました。初出は1974〜76年,20年以上も前の作品なんですね。

 母親が自分の人生をもう一度やり直すために,娘の身体に脳移植する。まずこの設定がショッキングです。老いた人間が,若者に脳移植することにより第二の人生を歩もうとするというだけならともかく,そのために娘を産み,育てるというシチュエーションは,なんともグロテスクでおぞましいものがあります。冒頭の言葉にありますように,母親にとって娘とはいったい何なのか? という問いが頭の中を駆けめぐります。

 村上医師の手術により,娘の身体を手に入れたいずみは,さくらとして学校に通うようになります。そして彼女は担任の男性教師・谷川に接近します。
「女としての幸せを始めるのよ」
 しかし谷川先生に妻子がいることを知った彼女は,策略を用いて,彼らの家庭に侵入,谷川の妻・和代の追い出しにかかります。ここらへんの描写はすごいです。さくら(いずみ)が和代に仕掛けるあの手この手のいやがらせ,もうともかく鳥肌が立つくらいに陰湿で,いやらしいです。とくにゴキブリご飯やら,熱したアイロンを和代の股間に押しつけようとするシーンは,「ぐわ! やめてくれ!」と叫びたくなります。
 そして「女」として谷川を誘惑するさくら(いずみ)の姿も,「楳図的絵柄」で描かれると,エロチシズムというより,グロテスクな感じが強いですね。

 和代を追い出した(と思った)さくら(いずみ)は,新しい人生をつかむことに成功したと有頂天になりますが,ふたたび影が忍び寄ります。額にぽつんとできた小さな“ほくろ”,しかしそれは,かつていずみを苦しめた醜い痣のように大きくなっていきます。こういった「醜く変身する美少女」というモチーフは,この作者の十八番ですね。さらに追い打ちをかけるように,「若草いずみの失踪」を調べるフリージャーナリスト波多あきみの出現,しだいしだいにさくら(いずみ)の目論見は崩壊していきます。
 彼女は事態を打開するために,最後の賭けに出ます。それは谷川の妻・和代の身体にふたたび自分の脳を移植すること。そのため村上医師に連絡,同級生の良子を利用して,和代を手術台に縛り付けます。ところが・・・・・・。
 ここへ来て,物語は驚愕のエンディングを迎えます。このエンディングについては,未読の方のためにここでは書きませんが,わたしは,この物語がもつ「もうひとつの恐怖」を描き出すのに,非常に効果的なものだと思っています。既読の方は,こちらをどうぞ>『洗礼』ネタばれ感想文

 今回,久しぶりに読み返してみて,途中,多少の中だるみの部分がないわけではありませんが,この作者がしばしば取り上げてきた「近親間の異常な愛憎」というモチーフの集大成という意味で,やはりこの作者の代表的な作品であることは間違いないということを,あらためて感じました。
 あぁ,怖かった・・・・。

98/06/13

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