御厨さと美『裂けた旅券(パスポート)』全5巻 MF文庫 1999年

「クリスマスよ。何かくれる?」
「愛を・・・絶望のときに救いあう愛ではなくて,絶望させない愛を・・・限りなく・・・」
(本書第5巻より)

 フランスのパリに住む日本人・羅生(らもう)豪介は,裏稼業で小銭を稼ぐしがないエトランゼ。しかし,幼い娼婦・マリエッタとの出逢いが,彼の人生を大きく変えた。国際社会の裏舞台で,彼はジャーナリストとしての新たな道を歩み始める。マリエッタとともに・・・

 一時期マンガをほとんど読まなくなり,手持ちのマンガの9割方を売り払ってしまったことがあります。そのとき手放した作品の中には,今になって,改めて読み返したいという気持ちを強く感じる作品がいくつか含まれています。本書もそのひとつで,今回の文庫化を心待ちにしていました。
 で,てっきり「小学館文庫」と思いきや,あまり聞いたことのない「MF文庫」なるところからの復刊です。しかし奥付を見ると,出版社は,最近しばしば目にするようになった「メディアファクトリー」です(『新耳袋』や,森博嗣のエッセイ集を出した会社ですね)。新谷かおる『エリア88』星野之宣『ブルー・シティ』ますむらひろし『アタゴオル』など,古い作品の復刊がメインのようです。「他人の褌」路線で行くのか? それとも「自分の褌」を締めるのか? 今回のマンガ界への進出,さてさてどうなりますやら・・・

 さてまぁ,そんなことはともかく,久しぶりに読みましたが,やっぱりおもしろいですね。最初の方は,主人公羅生豪介が,“ダークサイド”に片足をつっこんだ「不良外人」という感じで,それはそれなりに「ピカレスク」風で楽しいですが(1巻所収の,アンティークをめぐるコン・ゲーム「蟻たちの季節」が好きですね),マレッタが登場して以降(文庫版1巻末),さらに豪介がジャーナリストとして一歩を踏みはじめる以降(文庫版2巻末)の方が,やはりずっといいですね。そのあたりから,一方で1980年代の米ソ冷戦を背景とした国際陰謀もの的なテイストを描きながら,それとともに,豪介とマレッタという「22歳違いの恋愛」をコミカルかつせつなく描いていくという,このシリーズの基本的なフォーマットが,確立すると言えましょう。
 前者の「国際陰謀もの」的なエピソードとしておもしろかったのが,スペインのバスク独立党の取材のため,スイス・ジュネーブへ向かう豪介が,スケベ心を起こしたため(笑),殺人事件に巻き込まれるという「特急カタラン・タルゴ」,日本人テロリストによる誘拐事件を描いた「国際刑事機構(インターポール)24時」(ともに3巻)といったところでしょうか。ともにミステリ・タッチで,緊張感のあるサスペンスフルな展開が楽しめます。ミッテラン政権成立にともなう資金の国外流出を素材とした「亡霊(ファントーマ)たちのバーレスク」(4巻)も,ツイストが効くとともにユーモアも漂うエンディングがいいですね。
 後者のエピソードでは,「ボン・デ・ザール橋で」(2巻),「マルメロの実焼いて」(4巻),「過去からの報酬」(5巻)などが,豪介とマレッタとの恋が一歩一歩ステップを踏みながら確実に進展していく光景を描いたエピソードとして心に残ります。マレッタがバイクでひとり旅をする「ビットミストラル」(5巻)も,マレッタの魅力を存分に描き出したエピソードとして印象的ですね。
 そのほか,このシリーズの重要な脇役キャラマルタン警察署長の退職と過去をあつかった「枯葉散っても」(4巻)や,豪介とマレッタが日本を訪れる「ふるさと山河」(4巻),そして冒頭に引用した,思いっきりキザなセリフがなんとも小憎らしい(笑)ファイナル・エピソード「見上げてごらん そして」などなど,挙げたらきりがありません。
 いずれにしろ,けっして「メジャア」と言える作品ではありませんが,設定・キャラクタ・ストーリィなど,他のマンガには真似できないユニークな雰囲気をたたえた佳品のひとつとして,マンガ史に残るのではないでしょうか。

 ただ苦言をひとつ。この作者の作風は,比較的小さなコマ割りに細かい書き込みをする上に,ネームの量もかなり多いです。そのため,文庫サイズで読むと,どうしても「ゴチャゴチャ」した感じになってしまってます。ですから,初読の方には少々読みづらいかもしれません。マンガ作品の文庫化の「功罪」のうち,「罪」のひとつと言えるでしょうね。

00/01/15

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