JET『螺旋のアルルカン』1巻 朝日ソノラマ 2001年

 いつとも知れぬ未来・・・平凡な少女マリアは,ひとりの男“R”に誘拐される。そして聞かされる意外な真実。マリアは,いや現在ドームに住む“人間”はすべて機械なのだと! 歪んだ“世界”を是正するため,マリア=ケイ=ドクター・カミラの想いとともに,“R”は過去へと旅立つ・・・

 『綺譚倶楽部 [ネムキ編]』が,わりとあっさりと休止したあとを受けての連載作品です。てっきり『闇の行人』みたいな「伝奇アクション」と(勝手に)思い込んでいたのですが,SFSFしたオープニングに,ちょっとびっくりしました。そういえば,この作者,同人誌にSFタッチの作品も描いておられましたね。
 ところで「アルルカン」というのは,フランス語で「道化」という意味なんですね(藤田和日郎『からくりサーカス』にも,同じ名前の「人形」が出てきましたね)。「螺旋」というのは,遺伝子というかDNAのことですから,「DNAに操られる道化=人間」という意味のタイトルなのでしょうか? だとしたら,なかなか意味深長です。

 さて本編は,「未来社会」と題されたオープニング・エピソード,文字通り,人類が滅亡した未来社会から始まります。人間の人格を埋め込まれたロボット(コンピュータ)が,人間社会を営むという設定は,SFでは比較的よく見られるものではあります。しかし,ロボットが「人間らしく」活動するために,一端,別の「人格」を入れ込み,「疑似生活」を送ったのちに,“真の”人格を埋め込むという設定はおもしろいですね。たしかに,それまで「肉体」を持っていない精神が,突然,完成された「肉体」に入れられたら,混乱することおびただしいものがあるでしょうね。人間の「学習」という問題とも結びつく興味深いシチュエーションです。
 続く「A.D.2005年・東京」は,時を超えた“R”が最初に遭遇する老婆とのエピソードを描いています。“R”と,ケイの人格(?)がインプットされた“ミニッツ”は,ケイ=ドクター・カミラの遺伝子をトレースしながら過去へと遡りますが,カミラはイギリスを離れたことのないのになぜ日本に「跳んだ」のか,という謎解き(というのか?)がおもしろいです。この挿話あたりから,この作品のテーマが少しずつ明らかにされてきます。それは「人間と機械との関係」です。
 それは「A.D.1849年・倫敦」になると,より鮮明になります。スモッグ煙るロンドンで“R”が出会ったケイの祖先はレジーナ,彼女の父親は「発明家」です。彼は,世界初のコンピュータと言われるバベッツの「第一階差エンジン」を完成させようとしています(これ,荒俣宏かなんかの本で読んだ記憶があります)。しかしそのためには資金が必要,レジーナに母の形見の宝石を売るよう持ちかけます。そんな父親に“R”はたずねます。
「人間のために機械があると言うのなら,どうして機械のために彼女を泣かせるんですか?」
 機械と人間との歪んだ関係とを解消するために過去へ移動する“R”と“ミニッツ”が,これからどのような「機械と人間」に出会うのか? 両者の不幸な関係は,けっして「未来社会」特有のものではなく,もしかすると両者の根元的な有り様である可能性も秘めています。あるいはまた,機械と人間とが幸せな関係を築いていた時代というのはあるのでしょうか? さてさて・・・

 ところで,本編のもうひとつのメイン・モチーフ,「未来」を解消するために「過去」を変えるという設定は,SFではお馴染みの「親殺しのパラドクス」を孕んでいます。こちらのほうは,どのようになるのか? それも気になりますね。

01/05/08

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