ひらのあゆ『ラディカル・ホスピタル』1〜4巻 芳文社 2000〜2003年

 榊「生きてる体がそうでなくなる時,何かが確実に失われるんだけど,それって何だろな。同じ物質でできてるのに…生きて動いてたのがすげー偶然のラッキーみたいだ」
 景山「医者の言う事じゃないな」
 榊「まー難しい事は偉い人に任せて,オレはそのラッキーに乗る加担をするだけだけど」
(2巻より)

 掲示板によく書き込んでくださるダムダム人さんからのご紹介作品です。

 舞台は,中途半端な大きさ(<登場人物談)の総合病院の外科病棟,医師やナースたちを主人公とした4コママンガです。『おたんこナース』のヒット以来,病院を舞台にしたコメディ作品は,いまや「定番」のひとつといって良いくらい一般的なものになった観がありますが,本編も,その流れをくむもののひとつと言えるでしょう。
 また登場キャラクタを見ると,これも常套的組み合わせといった感じです。たとえば主人公(らしき)榊先生は,ズボラで無精髭,見るからに「ヲヤジ」といった雰囲気ですが,仕事になればキリリとしめる。で,彼の同級生景山先生は,正反対のナーバスで優等生タイプ,つまり,いわば「凸凹コンビ」であります。それにエリート・タイプで,そのくせ子煩悩な滝沢先生や,見た目は美女で癒し系,じつは「血液フェチ」(笑)の赤坂先生,正義感あふれるボーイッシュな女医ヨネ先生(榊&景山と対をなす,もう一組の「凸凹コンビ」ですね)。
 片やナースでは,お調子者の暴走ナース山下まりを筆頭に,しっかりお姉さんの武内亮子,必ずひとりはいるゴシップ通の水野ミキ,まじめまじめの吉田芙美香,そしてその生涯が謎に包まれた(笑)頼れる婦長咲坂花江などなど,会社ネタ,OLネタの4コママンガなどでもしばしば見られるライン・アップと言えるでしょう。そこに,ときおりブラックなギャグが入るものの,全体としてはほのぼの系のタッチは,まさに4コママンガの王道(あるいは「ありがちな」)とも呼べるでしょう。

 しかしこの作品の魅力,ユニークさは,そんな定番的なシチュエーションやキャラクタにあるのではないと思います。おそらくこの作者はかつて医療関係の仕事に就いていたのではないかと思わせる,医師やナース,さらには入院している患者さんたちの「本音」や「実態」を織り込ませている点にあります。もちろん,わたしは医療関係の仕事ではないので,正確に言えば,それらが「本音」「実態」なのかどうかは,わかりません。しかし少なくとも「本音」「実態」と思わせる説得力を持っています。それも,ストレートに出すのではなく,ユーモアという「衣」を上手にかぶせながら描いているところが,じつに巧いです。
 たとえば,わたしの好きなエピソードに,名門医大生の孫を持つおばあさんの手術の話があります(4巻)。榊やナースに,なにかと食ってかかる孫の姿が,ギャグとして描かれながらも,そんな彼に対して榊は言います。
 「家族だろ? 今患者側に立ってないで,どーすんだっつーの。強がって医者ぶるのは臨床出てからでいいよ。今のうちにメソメソしときなよ。そのうち,んな事やってらんなくなるんだから」
 そんなセリフを口にしながら,どこか榊の顔が哀しそうに思えるのは,もう「そういった立場」に立てない自分を顧みているのかも?などと思うのは,わたしのうがちすぎでしょうか?
 あるいは「コルセッツ」なる,歌手を模したパロディを描きながら,そこにナースたちの重労働が取り上げられていたり(2巻),食堂のおばちゃんのきつい突っ込みで笑わせながら,医者と患者との関係−サービスの向上だけではなく,患者に対して苦痛を与える選択をしなければならない医者の立場を描いたり(3巻),患者さんの死という思いテーマを,占いへの微妙な心持ちに絡ませながら描いたり(4巻)と,シビアさとユーモアのバランスが絶妙です。それゆえに,戦場のような当直の夜であっても(2巻),医師やナースの姿には,変な誇張されたような「気負い」も「悲壮感」も感じられません。逆に,それぞれプロとして「おのれの義務を果たす」姿に,むしろ「じん」とくるものがあります。
 医療関係者が,この作品をどのように読まれるのか,そのあたりも聞いてみたいですね。

03/05/01

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