山田章博『おぼろ探偵帖』日本エディターズ 1999年

 頃は明治,ご一新だ,開化だと叫ばれながらも,人々の周りに闇が生き,その闇に生きる物の怪,妖怪の類もまた息づいていた時代。化け物の先遣(さきやり)・夜雀は,うさんくさい祈祷師・狸穴法師とその弟子・お百,遊び人の“御前”こと桜澤子爵に関わってしまったばかりに,奇妙な事件に巻き込まれ…という設定の連作短編集です。

 この作家さんの作品を読むのは,『夢の博物誌b』に続いて2作目です。で,その『夢の…』の感想文で,「この作家さんの「絵」の持つユニークさは,その輪郭線の「不完全さ」「不安定さ」にあるのかもしれません」などとほざきましたが,やはりひとりの作家さんの個性を,ひとつの作品で決めつけるもんじゃありませんね(^^ゞ
 というのも,本編の絵柄を見ると,細いながらもくっきりとした描線で,人物,背景ともに描き込まれています。そう「描き込む」という表現がじつにマッチする,ディテールを精緻に描いた絵柄となっています。時代設定が明治ということもあって,和装の人物,とくに芸者さんなど和服の女性が多く登場しますが,その着物の文様や帯の柄,表面に現れた襞に至るまで,その細い描線でしっかりと描かれています。
 細かい描写は,ときに「写真のよう」とも評されますが,むしろこの作品の場合,「絵」だからこそ表現できる精緻さなのではないかと思います。

 また『夢の…』で,「この作者の「絵」の本領は,モノクロームにこそ発揮されていると言えましょう」とも書きました。たしかに本編でもモノクロの部分では,黒と白とのコントラストをじつに上手に使っています。とくに水面を黒く描き,その上の船や船上の人々を白抜きで描いているシーンの妖美さは卓抜なものがあります。
 しかし今回それ以上に感銘を受けたのは,カラーページの美しさです。それもまた「現実的な美しさ」ではありません。むしろ「浮世絵的な美しさ」と言えましょう。じっさいに浮世絵を元ネタにしたような画面(目次のページの絵はお見事!)も多々あるのですが,色と色とをくっきりと塗り分け,なおかつ鮮やかな色を巧みに配することで,ここでもまた「絵」だからこそ表現できる「色の美しさ」が発揮されています。
 一方,「第一話 東京宵闇三途恋塚」のオープニング,男が女を殺す場面は,実際の光景を描いたというより,さながら劇の舞台を思わせる雰囲気があります。そこには,浮世絵と通ずる,一種の「形式美」が産み出されています。
 こういった鮮烈な色使いと形式美もまた,この作者の魅力のひとつなのかもしれません。

 さて本編には,「第一話 東京宵闇三途恋塚」「第二話 怪猫座」「第三話 百物語後日返報」の3編が収録されています。タイトルに「探偵帖」とあるように,いずれもオカルト・ミステリ的趣向にあふれていますが,その中でも一番お話としてよく仕上がっているのが「第三話」でしょう。舞台は「百物語」の夜,最後の語り手となった夜雀が話し始める,という趣向で始まります。世間を騒がせる妖怪の出没,美貌の娘たちの失踪,そして泉鏡花から依頼された夜雀は,事件を追い始めるが…というお話です。
 「百物語の夜」という「現在」と,夜雀が語る「過去」とが相互に描かれながら,ラストへと収束していくストーリィは,常套的とはいえ,活劇を途中で挿入することによって,テンポのよい展開となっています。また夜雀の背後の襖が倒され,妖怪たちが大挙して登場するクライマクス・シーンも,上に書いたようなこの作者の精緻な,そして白と黒とを巧みに配したタッチで描かれ,迫力があります。
 それと本編を読んでもうひとつ思ったのは,作者のユーモア・センスの良さでしょうね。ときおり挟まれる夜雀と狸穴法師お百との掛け合いは,シリアスな場面とほどよいコントラストをなし,ストーリィにメリハリをつけています。わたしのお気に入りは,夜雀の次のセリフ。
「そういうのをだなぁ,欲の国から欲を広めにきたような奴だと…」
 やはり化け物よりも人間の方がたちが悪いようです(笑)

03/08/12

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