高橋留美子『人魚の森 人魚シリーズ1』小学館 2003年

 「おれは生活(くら)せねぇ…生きるだけだ…」(本書「闘魚の里」湧太のセリフ)

 その肉を喰らえば,不老不死を得るという人魚…だが同時に,人魚の肉は猛毒でもあり,不老不死になるものは,ほんの一握り。戯れに人魚の肉を口にした湧太は,500年もの間孤独な不死者として各地を彷徨うことになる。同じ不死者となった少女・真魚(まな)と出会うまで…

 伝奇作家としてのこの作者の「顔」を代表するシリーズです。かつて『人魚の森』(1988年),『人魚の傷』(1993年)の2冊が刊行されていましたが,このたび,単行本未収録作品を加えて,全3巻でリニューアルです。上記2冊を所有しているので,未収録作品−「夜叉の瞳」「最後の顔」−が収録された第3巻だけ買えばいいものを,改めて第1巻から買ってしまうのが,マニアの「業」というヤツなんでしょう(笑)

「人魚は笑わない」
 山中,女だけの村で大事に育てられる美少女・真魚。外界を知らない彼女の運命は,湧太と出会ったとき,大きく変わる。そして彼女が育てられた真の意図も明らかになり…
 記念すべきシリーズ第1作。初出が20年近く前の1984年とあって,絵柄が,この作者の「初期」の雰囲気がありますね(目の大きさと配置とか)。このシリーズの基本設定が描かれています。で,本編の魅力は,なんといっても真魚のキャラクタ造形でしょう。大事に大事に育てられた「お姫様」というと,なんだか「はかなげ」といった風に設定しがちですが,むしろ大事に育てられたがために,我の強いパワフルな性格として描かれています。それゆえに湧太とのコンビネーションが絶妙で,スピーディなストーリィ展開へとつながっています。
「闘魚の里」
 海賊を生業とする漁村で,若き頭首として生きる少女お鱗。彼女は,流れ着いた男の水死体を葬ってやるが,翌日,男は蘇り…
 同じ不死者をテーマとした萩尾望都の名作『ポーの一族』では,エドガーアランに,「生活」はありません。「生活の中で“薄汚れない”永遠の少年たち」が,社会に出る前の少年少女たちにとって,魅力の源泉だったのでしょう。しかし湧太にとって,その「生活の不在」こそが,「人魚の呪い」だったのでしょう。戦国時代の瀬戸内海(?)を舞台にして,人魚の肉をめぐるサスペンス・アクション的な色彩の強い本エピソードは,冒頭に引用した湧太のセリフによって,本シリーズの基調を,鮮やかに浮かび上がらせています。そして同時に,前編における真魚との邂逅が,湧太にとっていかに重い意味を持っていたかを,浮き彫りにしているところは,うまいですね。
「人魚の森」
 “事故死”した真魚が運ばれたのは,白髪の奇怪な女の住む屋敷だった。そこは周囲の人々から“人魚の森”と呼ばれていた…
 この作者は,かつて「諸星大二郎のような作品が描きたい」と,インタビューで答えていましたが,「人魚の肉」をめぐる確執・妄執を取り込んだ本シリーズは,楳図かずお的なテイストも盛り込まれていると言えましょう。楳図のの代表作『おろち』の中の1編「姉妹」を彷彿とさせるエピソードです(「肉体のすげ替え」というのも,『洗礼』を連想させますしね)。相変わらずのストーリィ・テリングの卓抜さはもちろんですが,丸太で刺されながら生き続ける人魚という設定が,「人魚の肉」の持つおぞましさを,じつに上手に表現していて感心しました。

03/10/24

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