二階堂黎人編『二階堂黎人が選ぶ! 手塚治虫ミステリー傑作集』ちくま文庫 2000年

 編者が巻末の「好事家のための解説」で書いていますように,「マンガの神さま」の作品は,じつにヴァラエティに富んでいます。その中から,ミステリ趣向の作品計22編をピック・アップしています。わたしも『空気の底』などに収められた良質のサスペンス作品(たとえば「バイパスの夜」)が好きですが,この作品集は,やはり編者のミステリ作家としての指向が現れており,「謎解き」的性格の強い作品が集められています。
 気に入った作品についてコメントします。

「カーテンは今夜も青い」
 赤色を異常に恐怖する女優・目白千鳥に,殺害を予告する脅迫状が送りつけられ…
 舞台で繰り広げられる女優同士の確執,ヒロインの意外な正体・・・などなど,古き少女マンガのフォーマットを踏襲しながら,そこに「赤色」への恐怖,脅迫状といった小道具を絡ませることで,テンポのよい作品に仕上がっています。作品全体が,ひとつの「舞台」であることを匂わせる幕引きは,作者の茶目っ気でしょうね。
「ビルの中の目」
 事故が立て続けに起こる「魔の十字路」,その角で新聞を売るススムは,高層ビルの窓の中に不可解な光景を目撃するが…
 ホテルの窓に映る「人間の裏側」をのぞき見る,という,主人公の視点の設定が巧いですね。また幽霊を目撃したり,見えるはずのないの窓に死体が浮かび上がったり,と不可能趣味にあふれたオープニングと,その大仕掛けのトリックは,「新本格派」の作風を彷彿させます。
「落盤」
 閉鎖された炭坑に入ってきたふたりの男。そのうちひとりは悲惨な炭鉱事故から生還した男だったが…
 20年前に起きた炭鉱事故をめぐる真相が,しだいしだいに明らかにされる,二転三転するプロセスは,サスペンスたっぷりで楽しめます。その真相に近づくに連れ,男の「回想シーン」が少しずつリアル・タッチな絵柄に変わっていき,サスペンスを高めていくところは,まさにマンガだからこそできる表現と言えましょう。ミステリ的趣向はもちろん,表現的にも効果的な本作品は,本集中,もっとも楽しめました。
「Qちゃんの捕物帳」
 ピープル博士の家を探る不審な男。そのアジトを探し出したQちゃんは…
 初出は1948年とのこと。絵柄は,終戦直後のマンガの雰囲気を色濃く伝えていますが,ピープル博士の造形が,のちのヒゲオヤジであるところは,このキャラクタが手塚作品の中で長い歴史を持つことを改めて気づかせてくれます。オーソドックスといえばオーソドックスなのですが,短い作品のせいでしょう,ラストの鮮やかなツイストに驚かされました。「Qちゃん」という主人公のネーミングそのものが,一種のミス・リードなのかもしれません。
「人間の皮を着た人間」
 プロレスラに逢いたいがため,ホテルに忍び込んだ少年たちが,そこで見たものは彼の刺殺死体だったが…
 時間を自由にとめることのできる少年サブタンを主人公としたシリーズ「ふしぎな少年」中の1編です。刺殺されたはずなのに生きているプロレスラ,電話ボックスで急変する男の体つき,消える墜死体などなだ・・・この作品もまた,冒頭での不可能趣味が盛りだくさんの楽しい作品です。設定そのものがSFなので,その謎解きはやや現実離れしているとはいえ,ひとつの論理によって,すべての謎が解き明かされるところ,さらにそれがのちの展開に密接に結びつているところは,本格ミステリ的趣向の強い作品です。
「脱走兵の贈り物」
 タクシ・ドライバ“ミッドナイト”が乗せた客は,信州松本で父親が残した「宝」を探し出すという…
 不思議なタクシ・ドライバを主人公としたシリーズ『ミッドナイト』の1編。タクシの運転手が主人公という,少年誌としてはユニークな設定に加え,1編1編が,あるときはミステリ・タッチ,あるときはホラー・タッチ,またまたファンタジィ・タッチと味付けがされており,けっしてメジャーで派手な作品ではありませんが,個人的にはけっこう好きだったシリーズです。まぁ,オチはありがちではありますが・・・

00/07/20

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