手塚治虫『空気の底』大都社 1975年

 子どもの頃,『ウルトラQ』というテレビドラマが好きでした。円谷プロの作品で,「ウルトラマン」「ウルトラセブン」につながる「怪獣もの」の走りではありますが,「怪獣もの」という言葉ではくくれない,奇妙で不可思議な雰囲気をたたえた番組でした。その影響もあってか,今でも,ミステリ風,ホラー風,SF風問わず「奇妙な話」「変な話」「不思議な話」といった類が好きです。“マンガの神様”手塚治虫にも『ザ・クレーター』『新聊斎志異』などの不思議な短編を集めた作品がありますが,本書もそんな不思議な短編15編からなるシリーズものです。気に入った作品にコメントします。

「ジョーを訪ねた男」
 ベトナムの戦闘で九死に一生を得たウィリー・オハラ。しかし黒人を忌み嫌う彼の肉体には,手術によって黒人ジョーの内臓が移植され…
 考えてみると,手塚治虫の作品には,アメリカのマイノリティや差別を取り上げた作品がけっこうあるように思えます。この作品もそのひとつなのでしょう。差別と白人黒人間の憎しみが皮肉な結末を呼び込みます。
「夜の声」
 大会社の若社長。彼の唯一の趣味は,日曜日に秘かに乞食をすること。乞食の彼はひとりの少女と知り合い…
 “変身願望”というのは誰でも持っているものですし,多くの作品で取り上げられているネタです。自業自得なのかもしれませんが,これも皮肉な結末を迎える作品です。
「嚢」
 ある雨の日,“私”はリカと出会った。しかし姿を消した彼女の家を訪ねても,その家にはマリという少女しかおらず…
 リカの正体はマリの体内の嚢腫だったという,医学的知識(?)を利用した手塚流ドッペルゲンガものというか,多重人格ものというか。ご存じの通り,「リカ」は『ブラック・ジャック』で「ピノコ」として復活します。「子宮の中で争う双生児」というイメージは,よく見かけますが,やっぱり怖いですね。
「バイパスの夜」
 ある夜,タクシーに乗った男。彼は自分が1億円強奪犯だと言い始め…
 本作品集で一番楽しめました。強盗の客と妻殺しの運転手。緊張感あふれる展開で,ラスト直前,ほっとしたのも束の間,最後にもうひとひねりあります。彼らの話が本当なのか嘘なのか不鮮明なままカタストロフへと向かうエンディングがいいです。
「聖女懐妊」
 地球から遠く離れた宇宙基地。男はロボットと結婚した。が,脱走犯に襲われ…
 神を忘れた人間に代わって,ロボットに神の奇跡が訪れるという話。『火の鳥』「復活編」を思い出させます。
「ロバンナよ」
 古い友人を訪ねた“ぼく”。そこには人慣れしたロバと,そのロバに嫉妬する狂った男の妻がいて…
 夫と妻とロバの奇妙な三角関係。それは,男の言うように,本当にロバと妻とは心が入れ替わったのか? それとも妻の言うように男の変態性欲によるものなのか? 真実は藪の中……

97/11/03

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