高橋葉介『猫夫人』朝日ソノラマ 1999年

 1984年から85年にかけて『コミコミ』(白泉社でしたっけ?)に掲載された7編の短編を収録しています。この作者お得意の「怪奇と幻想」の世界に,アダルトなエロチシズム,妖艶な雰囲気が加味されてきています。

「HAUNTED HOUSE」
 街中にひっそりと建つ“幽霊屋敷”をモチーフにしたオムニバス形式の作品です。失意の男が,ピストル自殺をしようとして,何度も頭を撃ち抜くのに,どうしても死ねない,というエピソードが,そのアイロニカルなラストとあわせて,一番好きです。
「狼と狩人と女」
 森に棲む“人狼(ウェア・ウルフ)”と戦い続ける猟師グロォームは,ある日,傷ついているところを少女に助けられ…
 たとえ「永遠に続く殺し合いの世界」であったとしても,そこは,主人公の猟師にとって,街の中の「現実」よりも,はるかにファンタジックで居心地がいいのかもしれません。中世ヨーロッパのある女性領主が,子どもを人質に取られ,敵から「子どもを殺すぞ」と脅迫されたとき,「だったらまた産むわ!」と答えたというエピソードを思い出しました。この主人公の気持ち,なんとなくわかっちゃんだよなぁ…と言ったら,女性に怒られるかな?^^;;
「砲台」
 海から来る「敵」に向けて据えられた砲台。そこはひとりの少女によって守られていた…
 この作者の絵柄で描かれると,ユーモアにあふれた作品に感じられますが,よく考えてみると,すごくグロテスクな話ですよね。アイロニカルでいて,ほのぼのとした雰囲気もあるラストがいいですね。
「少年と犬」
 遺産目当ての母親とその再婚相手は,猛犬を仕掛けて少年を殺そうとするが…
 海辺で戯れる少年と子犬――そんなほのぼのとした表紙にしっかり騙されてしまう作品です。途中にはさまれる猫女のシーンが余計なように感じ,いまひとつピンとこなかったのですが,この猫女は「母親」なんですね,ほくろの位置が一緒です。このシーンを通じて,母親の裏切りを「知った」少年が変貌していくショッキングなラストへとつながっていくわけですね。ラストの少年の「歯」―猛犬のような鋭く毒々しい「歯」が怖いです。
「サーカス横町」
 平凡で退屈な日々を送る主婦は,商店街の店主たちの顔に,かつて見たサーカスの芸人たちの面影を見る…
 けして不満や不安はないのだけれど,なにか喪失感・欠落感にも似たものを感じる・・・「日常」「生活」と呼ばれるものには,つねにそういった言いしれぬ感覚がつきまとうのかもしれません。そんなとき,この作品みたいに「一緒に来ないか?」という声をかけられたら,自分もまた一緒に行ってしまいたくなるかもしれません。そんな気持ちにさせられる作品です。
「走る女」
 夫がやくざとトラブルを起こし殺されそうに! かつてマラソン・ランナだった妻は,夫を助けるためにふたたび走る…
 この作者にはめずらしい,ホラーなしの純サスペンスミステリ・タッチの作品です。主人公は夫を助けられるのか? 殺し屋の魔手から逃れられるのか? というサスペンスフルな展開が楽しめます。また「走らされる」ことに嫌気がさして逃げ出した主人公の,みずから「走る」と決意し,立ち直っていく姿がすがすがしいです。わたしの好きな短編「骨」『夢幻少年 マンガ少年版』所収)みたいに,ときおりこういった翻訳物を思わせるタッチの作品があるんですよね,この作者。
「猫夫人」
 「魔女と結婚した」―瓶に封じられた原稿の出所を追う新聞記者は,猫夫人に出逢う…
 『夢幻紳士』では,すっかりおちゃらけおばさんになってしまった猫夫人ですが,こちらはシリアス・ヴァージョンです。こういった「悪女」あるいは「魔女」を描かせると,この作者はじつにエロチック,ぞくぞくするほどの淫らさがありますね。「メビウスの輪」を思わせるエンディングも好みです。

99/07/24

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