伊藤潤二(原作:木原浩勝・中山市朗)『ミミの怪談』メディアファクトリー 2003年

 原作者名からもわかりますように,ニュータイプ実話怪談『新耳袋』所収のエピソードをベースにしながら,作画者が「あとがき」でも描いているように,かなりアレンジした作品6編(+2編)を収録しています(「+2編」の意味はカヴァをはずすとわかります)。
 とくに登場人物を固定化し,一種の連作短編的な体裁にしているのが,一番大きな変更点でしょう。主人公は女子大生のミミ(って,やっぱり『新袋』の「ミミ」なんでしょうね。う〜む,ヲヤジ・ギャグめいたネーミング…^^;;)と,彼女の恋人直人となっています。ミミは(まぁ,この手の作品の「お約束」ですが)霊感少女,なにかと怪異に遭遇する運命(笑)にあります。一方の直人はリアリスト,霊魂だのあの世だのは信じていないという設定です(これまた定番的なカップリングですね)。あ,それと舞台がどうやら関西方面らしく,ミミも直人その他の登場人物も関西弁を喋っている点も,ユニークなアレンジと言えましょう。
 『新耳袋』のエピソードをいくつかミックスさせたり,またひとつの話を膨らませたりして,「潤二ワールド」を創り出しています。

「隣の女」
 ミミが住む古いアパート。その一室に住んでいる気配を感じさせない住人がおり…
 由来も素性も知らない人間が,壁一枚だけを隔てて住んでいる,というのは,考えてみると,けっこう怖いものがあります。ですから,「隣室に住む奇妙な住人」は,都市伝説の「都市性」をもっとも端的に表したモチーフと言えましょう。本編における,その「奇妙な住人」の正体は,じつにぶっ飛んでいます。正直,こんな話が「実話」として語られるほどリアリティを持ち得るのか,ちょっと疑問ですが,この作画者によって描かれることで,むしろこの作者お得意の「不条理系ホラー」といったテイストを産み出すことに成功しています。ただ連作短編集的体裁のため,ラストがちと尻つぼみといった観がありますが…(都市伝説でも,つねに「語り手」を必要としますので,こういったラストも仕方ないのかな?)
「草音」
 早朝の森の中,ミミと直人が奇妙な音を聞いて見つけたのは,女の首吊り死体だった…
 見えないのに何かが落ちる音,気がつくと自分たちの方を向いている首吊り死体などなど,このエピソードは「伊藤色」よりもむしろ『新耳袋』テイストが色濃い作品ですね。ラストの,いつまでも自分たちを見ている,と主人公たちが感じるところは「ぞくり」ときます。『新耳袋』テイストといえば,カヴァ内の表紙・裏表紙,それと前後の見開きに,ネガで印刷された「電柱の上にいるもの」「畑の看板」の掌編2編も,そんなテイストに近いものです。「畑の看板」は,たしか別の雑誌で読んだことがあり,シンプルながら(また単なる「見間違い」と言われれば,それまでのお話ですが)けっこうお気に入りです。看板の背後に人型の影が伸びているのを,見開きいっぱい使って描いているところが迫力あります)。
「墓相」
 ミミが引っ越した新しいアパートの背後は墓地。その墓地から夜な夜な不気味な音が…
 夜中に墓石が動いて「ゴリ,ゴリ」という音が聞こえるというところは,いかにも怪談怪談してますが,その「真相」がやたら物理的なところがおもしろいですね。ボディビルダーが,墓石を動かしたあとにポーズを決めているのが,不気味ながら,思わず笑っちゃいます。しかしそういった「物理的な力」を産み出す「非・物理的な力」を,この作者らしい陰影の深いタッチで,おぞましく視覚化しています。それにしてもミミ,前のアパートで変な目にあっているんだから,こんなところ引っ越すなよ(笑)
「海岸」
 友人たちと海へ遊びに出かけたミミと直人。しかしそこで思わぬ事故が…
 うわぁ…コテコテの「海の怪談」です。ですからストーリィ的にはいまひとつですね(もっともラスト,友人の田中くんの怯えが,読者の想像力を刺激して,余韻を持たせているところはグッドです)。むしろこの作者の「絵」の不気味さを楽しむ作品と言えましょう。何者かに取り憑かれた古澤くんが指さす暗い海−怪異は描かれていないにも関わらず,夜の海の持つ特有の圧迫感を上手に表現しています。
「ふたりぼっち」
 母親が死んだために預かった少女・恵。彼女がミミのそばから離れない理由は…
 この作品の原作は記憶にあります。文章では「黒い影」を想像させることで「怖さ」を醸し出していたわけですが,それを視覚化するのは,けっこう難しいものです。途中での「モロ焼死体」といった描写は少々いただけませんが,それ以外での「質感のある影」といった感じの造形や,後半のお払いシーン−本体は描かず,ぶつかった壁に炭のような影が残るという描き方は,なかなかの筆達者だと思います。ミミの実家が「新装開店」という設定は,なんだかとってつけたような感じがしましたが,苦笑を誘うラストにうまくつなげていますね。それにしても関西弁の神主さんって,なんか変にユーモラスですね^^;;
「朱の円」
 家の改築中に発見された奇怪な地下室。そこでは人がつぎつぎと行方不明になり…
 『新耳袋 第一夜』に収録された,わたしの大好きなお話がベースになっています。「なにがなんだかよく分からないけど,やっぱり奇妙」という持ち味の元ネタが大好きだけに,この,どこか陳腐な恋愛ホラーみたいな展開は,ちと馴染みづらいものがありますね。

03/04/10

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