高橋葉介『恐怖症博士(ドクター・フォービア)』秋田書店 2003年

 「どんな恐怖症も,この恐怖症博士(ドクター・フォービア)におまかせあれ!」と豪語する,見るからに怪しげな(笑)博士と助手を主人公とした連作シリーズです。基本設定としては,いろいろな恐怖症患者が来て,博士が治療(?)するというパターン。合計18編の「恐怖症」が描かれています。
 で,その18編,前半と後半とでは,ちょっとテイストというか方向性というか,違います。前半はアイロニカルでグロテスクな結末が多いのに対して,後半は,どちらかというとほのぼの(ないしは,しみじみ)系が多くなります。この変化が,作者の構想の変化なのか,編集部からの指示なのか(助手の女性ヴァージョンが登場するあたりとか,とくに(笑)),そこらへんはわかりませんが,両者が混在していた方が,シリーズとしてはもっとおもしろかったのではないかと思います。

 さて前半のアイロニカル系で楽しめたのが,まずは「カルテ5 先端恐怖症&妻恐怖症」。ベースとなっているのが,有名な小泉八雲「雪おんな」。こちらでは,主人公が遭遇するのが雪女ではなく,「丑の刻参りの女」というところがユニークであるとともに,オリジナルの結末をもうひとひねりして,ストレス社会らしい現代性を加味しているところがいいですね。
 おつぎは「カルテ6 閉所恐怖症」。スプラッタなラストが,個人的にはちょっと…ですが,両極端なふたつの「閉所」を結びつける着想のすばらしさは,さすがこの作者です。同じくスプラッタ的な「カルテ7 猫恐怖症」も,「猫が大好きな女の子」という世間一般のイメージを逆手にとって描き出しているところが,秀逸です。
 自分が「根暗」であることに嫌悪を感じて,「治療」してもらった少女のお話「カルテ11 “根暗”恐怖症」や,自分を不美人と思っている女性の「カルテ2 恋愛恐怖症」などは,「恐怖症」というより「コミュニケーション不全」といった感じですが,かえって親近性のあるモチーフで,展開はスーパーナチュラルとはいえ,皮肉のリアルさはより強いように思えます。

 後半のほのぼの・しみじみ系で一番のお気に入りは「カルテ14 水恐怖症」。母親との無理心中がトラウマとなって,水を恐怖する少年が主人公の本編は,『学校怪談』の中で,わたしが一番好きな時間怪談「迷宮の森」に通じるテイストを持っています。「これは幻想かもしれない…それでもいい。しばらくは母といられる」というモノローグが,哀切な雰囲気を高めています。
 それから「カルテ12 ストーカー恐怖症」「カルテ13 電波恐怖症」は,どちらも素材としては,けっこう「怖い」ものを扱っています。ですから,そこから「怖い話」を作り出すと,かえって当たり前すぎて陳腐になってしまうのですが,逆に暖かいストーリィへと展開させる「ひねくれた」(笑)手腕は見事と言えましょう。

 巻末に収録されている「特別読み切り 穴」は,異形コレクション『月の物語』所収作品です。感想文はそちらに。

05/02/06

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