竹本泉『かわいいや』芳文社 2005年

 とある町にあるファンシー・ショップ“かわいいや”。オーナーの趣味丸出しのぬいぐるみの品揃えは,ご近所でも「評判」のお店。ただその「趣味」が,一般の人とはちょっと(?)ずれていることから,その「評判」というのは………うじゃうじゃ^^;;

 かわいい絵柄で,舞台はファンシーショップ,で,主人公の女の子は,店のオーナーの次女で女子高生,おまけに立派な(?)ボーイフレンドもいる,という,設定だけ聞けば,もう思いっきり「甘ったるい」ラブコメのような印象を受けますが,ただひとつだけ注意(?)しなければならないのは,この作者の描くキャラは,基本的に「ヘン」だということです(笑)
 では「どうヘンか?」というと,主人公河飯あきみをはじめ,姉のかなつ,そしてママの季こにとっての「かわいい」というのは,「足が多いこと」なのです。つまりタコやらイカやらクモやらケムシやら…そんなぬいぐるみこそが「かわいい」のです(ママの場合は,それに輪をかけてナイルワニのミイラのぬいぐるみとかが「店一番の人気商品」などとほざいています(笑))。ですから,お客は店に寄りつかないわ,夏休みには子どもたちが「肝試し」するわで,ほとんど開店休業状態(でもパパがサラリーマンで稼いでいるの,なんとかやってける)。
 さらにあきみのBF額田うたくんは,そういった「足の多いもの」が大の苦手(ちなみにわたしも苦手です(^^ゞ)。何の因果か,あきみに惚れてしまったことから,店に入るたびに,「全然平気」と強がりながらも,目が泳いでます(笑)(顔の上半分にかかったトーンがまた効果的)。

 こういった,見た目とキャラクタ(趣味・性格・行動パターンなど)とのギャップで笑わせるのは,『よみきり☆もの』などで多用されている,この作者の「定番」です。その点,基本設定は,きわめてシンプル−河飯一家の「かわいい観」のずれ−なのですが,そこから,いろいろなシチュエーションを広げていくところが,この作者の真骨頂と言えましょう。
 たとえば,拾ってきた猫のふー菜,そのぬいぐるみを「もっとかわいくしよう」とばかりに,足が10本もつけてしまうところは,爆笑ものです。「1500円」の値札とともに,箱に入れられたふー菜のぬいぐるみ,顔だけ出ているそれを「あ,かわいい〜」と言いながら引き出すと,足がたくさん,ずるずると伸びてくるところは,はっきり言って怖いです(笑) あるいはまた,多足動物の人形やぬいぐるみで埋まったあきみの部屋,彼女曰く「大切にしていた人形には−魂がこもるって言うし−」としれっと言う背後で,それを聴いたうたくんの「心象風景」とも言える,目を輝かせる多足動物のぬいぐるみというのも,ホラーですよね(笑)
 また諸悪の根源(笑)ママは,あきみが幼児の頃,クモが苦手だというので,クモやらタコやらの着ぐるみを着せ,また「くものスーちゃん」なる絵本シリーズをみずから作って「慣れさせる」という,恐るべき英才教育(洗脳教育?)を施しています。ここらへんも,「基本設定」から話を雪だるま式に広げていく,この作者お得意のパターンと言えましょう。
 そしてもうひとつ,忘れてならないのが,この作者の「間」の描き方の巧さ。主人公の趣味と世間一般のそれとのギャップが,笑いの基本設定ですから,そのギャップをどのように表現するかは,作品のポイントになります。上記「大切にしていた人形には−」というセリフから,「魂がこもるって言うし−」へと続くところは,ちょうどページをめくるように配されていたり,また,あきみから多足動物のぬいぐるみをもらう直前のうたくん,まっくらなバックに顔に斜線,という1コマをはさんで「せっかくだから」と受け取るコマ割りは,うたくんの気持ちの表現として,じつにうまいです。

 シンプルな「ヘン」を出発点としながら,そこからいろいろなシチュエーションを広げるおもしろさ,そしてそれを絶妙な「間」で表現する巧みさなど,この作者の作品の魅力が詰まっていると言えましょう。

05/10/09

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