谷口ジロー『神の犬』全2巻 小学館文庫 2000年

 R(エール)共和国軍部によって極秘に開発された軍事戦闘用スーパードッグ“ブランカ”は,カナダで狼との間に2頭の子どもを残していた。そのうちの1頭を捕獲したR共和国は,新たな戦闘犬“タイガ”として訓練を進める。一方,残された1頭“ナギ”は,血の呼び声に促されるようにして北西へとひた走る。人間たちの欲望に巻き込まれた彼らを待っている運命とは・・・

 さて『ブランカ』の続編です。前作が,“ブランカ”を「1本の主軸」として物語を展開させていくのに対し,今回はブランカが残した2頭の子どもたち―“タイガ”“ナギ”―を設定することで,つまりストーリィの主軸を複数にすることで,より物語にふくらみと奥行きを与えているように思います。
 作者は,“タイガ”と“ナギ”に対照的な環境を与えます。R共和国によって囚われたタイガは,ブランカと同様,軍事用戦闘犬としてのトレーニングを受けます。タイガは,その中でめきめきと戦闘能力を上げていきますが,それとともに人間のコントロールを逸脱しはじめます。さらにR共和国内部での政争が,タイガの庇護者である軍部を窮地に追いつめ,タイガはシベリアの原野に逃走します。しかし戦闘訓練によって植え付けられたタイガの“怒り”は,タイガをして恐るべき「魔犬」へと変貌させていきます。
 一方,捕獲の手を逃れたナギは,カナダから西へ向かいます。その過程で,ナギはさまざまな人間たちと接触することになります。それはタイガが経験した,人間の欲望の対象としてではなく,愛情の対象としての触れあいです。とくにカナダ山中に隠棲する名マッシャー(犬橇使い)シェラ・ワーヤキンは,偶然ナギを助け,しばらく行動をともにします。“風の魂(ナギ)”という名前も彼によって与えられます。ワーヤキンはナギがいつか自分の元を去ることを知っています。しかしそれを無理に押しとどめることなく,ナギの「野生」を「野生」として尊重し,愛します。

 このタイガとナギが経験する,それぞれ異なる「人間との関係」は,かつてブランカが一身に背負っていたものです。ブランカは,そのふたつ―欲望と愛情―の狭間で悲劇的な死を迎えます。作者は,そんなブランカの「宿命」を2頭の子どもたちにそれぞれ振り分けていると言えましょう。本作品のラストにおいて,ナギは生き延び,タイガは傷つき,そして死んでいきます。それはたしかに,人間の欲望と「国家の論理」が導いた悲劇的なエンディングではありますが,一方でそれは「救済」にもなっているのではないでしょうか? タイガの死により,ブランカが背負っていた「人間とのネガティブな関係」は解消され,ナギによって「ポジティブな関係」が生き延びることになります。人間の欲望と愛情との間で引き裂かれたブランカの魂は,幸福な部分がナギに引き継がれることによって,はじめて解放されたと理解できるのではないでしょうか。
 そしてそれはまた,「人間と犬との関係」,さらには「人間と動物(自然)との関係」に対する作者の希望なのかもしれません。  

00/02/10

go back to "Comic's Room"