楠桂『人狼草紙』壱〜四巻 新書館 1991〜1995年

血をひとすすりで物の怪に
肉をひとかけらで半獣鬼
肉をひとかたまりで人鬼
そして心臓を喰らえば不老不死に
死せる怨霊につたわる
あわれな伝説とうたわれし生き物
その名を人狼―
妖を統べる獣なり

 頃は戦国,男たちの争いの渦中で死んでいった無数の女たち・・・。彼女たちは怨霊となって地上に留まり,人狼の血肉を求める。もう一度“女”として蘇るために・・・。そして唯一の人狼の裔,狼牙王。彼の存在は女たちの怨霊を生みだし,怨霊を招き寄せる。みずからの命は世に災いをなすものだけでしかないのか? その答を求めて,彼は修羅の道を歩む・・・。

 う〜む,これは凄い作品です。
 モチーフは,この作者が,これまでずぅっとこだわってきた“鬼”です。彼女の描く“鬼”は,多くの場合,もと“人”です。そしてこの作品の“鬼”はすべて女です。
 戦乱の世,男たちは,みずからの欲望のため,名誉のため,戦い争い,そして死んでいきます。それゆえ,男たちの死は,たとえ敗残の末であっても,自己完結できます。しかし女たちの死は? 男たちの戦いに翻弄され,踏みにじられ,不条理な死を迎えざるを得なかった女たちの死は?
 女たちはあまりに多く死にすぎて
 そして狂った―――
 ゆえに 女だけがこの世にとどまり怨霊と化すのだ

 『鬼切丸』でさまざまな鬼を描いた作者ですが,この作品では,鬼の根源を女の怨霊に絞り込む設定で,より恐ろしい,よりおぞましく,そしてより哀しい“鬼”を描き出すことに成功しているのではないかと思います。
 また弐巻から四巻にかけての「菊丸の章」,これは第壱巻の「太一の章」のプロローグ的な存在なのですが,人狼と怨霊―とくにお市の方の怨霊―との因縁,戦いを縦軸とし,狼牙王と菊丸(お菊)との愛憎を横軸としながら,ふくらみのあるストーリィを紡ぎだしています。自分の意思とは無関係に,人狼の血を飲まされ「人ならざるもの」にさせられた菊丸というキャラクタを設定することで,人狼の持つ宿命的な呪いを巧みに浮かび上がらせているように思います。

 それとこの作品をおもしろくさせているのが,その「絵」の迫力です。
 もともとこの作者,コマ割りには凝るタイプの作家さんではありますが,本作品ではそれがいかんなく発揮されているように思います。縦長のコマと横長のコマを重ね合わせながら,バトル・シーンでの緊迫感や,キャラクタ同士の心の重なり合い,ずれ,などを巧く表現しているように思います。そして1ページの大ゴマ。それは戦いのクライマックス・シーンに用いられますが,むしろ,妖が登場する,静かで,それでいて「ゾクリ」と来るような不気味なシーンでも効果的に用いられているように思います(とくに第弐巻で,狼牙王の血の臭いに誘われ,宙にお市の方の怨霊が現れるシーンが好きです)。

 この作品,四巻では未完ではありますが,モチーフ的にも,絵柄的にも,楠桂の代表作になるのではないかと予感させる作品です。
 それにしても,新書館から出版される楠作品って,『サンデー』『りぼん』などのメジャァ誌に掲載される作品とは,ちょっと雰囲気が違うようなところがあるようですね。なぜだろう・・・・?

98/05/29

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