坂田靖子『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』全5巻 小学館
 ご主人の名前はタルカム,奥様の名前はマーガレット,ふたりはごく普通に恋をして,ごく普通に結婚しました。ところが,ただひとつだけ普通でなかったことがあったのです。なぜなら奥様は大の旅行好きだったのです(わたしも古いなあ・・・(^^ゞ)。

 ご主人は,庭いじりが唯一の趣味の,会社勤めの平凡な常識人。ちょっと太り気味を気にしてます。奥様ははた目にはごく平凡な専業主婦ですが,思いこみが強く,直情径行タイプ。北極にいるはずのエスキモーに会いに南極へ,ネッシーを見にネス湖へ,パンフレットを見れば,「太陽とテキーラの国」メキシコへ,真夏のクリスマスが見たいとオーストラリアへ,ギリシャへ,タヒチへと,思い立ったら,即実行。そのたびに「どちらかというと家で植木の世話をしている方が・・・」というご主人は,振り回されるように追いかけ,くっついていきます。

 じゃあご主人が旅行が大嫌いかというと,けっこう出張の多い会社らしく,エジプトへ出張してはわけのわからないミイラを連れて帰ってきたり,パリへ出張でドーバーへ向かう列車の中では殺人事件に巻き込まれたと思いこんだり,イギリスの田舎ではクロップマークに感動したり,港町ではおいしいニシンとホットウィスキーに舌鼓をうったりと,本人がいうより,けっこう旅先で楽しんでいたりします。楽天的で陽気な奥さんと,離婚前の神田正輝のように心の広いご主人との,ほのぼのコメディです。

 坂田靖子の絵というのは,いたってシンプル。丸顔に,目は点々か,大きめの黒丸。鼻はなくて,口も一本線。それなのに,キャラクターたちの表情はなんと豊かなことか。驚いた顔,笑った顔,愉快なときの顔,不機嫌な顔。それが単純な線ではっきりわかる。とくにすねたような,ちょっと不機嫌そうな顔は,天下一品です。

 それから物語は,常識人と,非常識というわけではないけれど,どこか世間の常識からはずれた,マイペースを守る,いい意味での「ちょっと変な人」ととの間で繰り広げられるコメディが多いようです。常識人の側では,なんやかや「ちょっと変な人」を非難したり,嫌ったりしますが,いつのまにかそのペースに巻き込まれ,気がつくと,とってもいい気持ちになっている。そんな感じの物語が多いですね。読んでいる方も,ほのぼのとします(じつは,彼女のマンガには,ほのぼのコメディだけではなく,なにやら不気味な不可思議な短編もあるのですが,それについてはいずれまた)。

 最近,いままであまり手に入らなかった比較的初期の作品が,早川書房からぞくぞくと文庫化されていて,うれしい今日この頃です。
 なお本作品もハヤカワ文庫で文庫化されています。


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