冬目景『羊のうた』4巻 ソニー・マガジンズ 1999年

 養父母の元を離れ,姉・千砂とふたり暮らしをはじめた高城一砂。彼は,高校も退学し,世間から離れて生きることを決意する。一方,薬で血に対する衝動を抑え続けてきた千砂の躰に変調が現れはじめ・・・

 スコラ倒産にともない,本作品の行く末が心配でしたが,掲載誌『コミック・バーズ』は,ソニー・マガジンズに引き取られ,この作品もつつがなく(?)連載が続けられているようです(それにしても,『陰陽師』白泉社に移ってしまったのは,ソニー・マガジンズとしては地団駄踏むような気持ちでしょうね^^;;)。

 さて,「他人の血を吸いたくなる」という呪われた血筋に生まれた主人公をめぐる本作品は,設定こそ「伝奇的」であるものの,一砂千砂の日常風景や心理を丁寧に丹念に描き出しているという点で,「青春ドラマ」という色合いもきわめて濃い作品になっています。
 とくに本巻では,一砂や千砂をめぐるさまざまな三角関係が大きくクローズ・アップされているように思います。たとえば,一砂=千砂=八重樫葉の三角関係です。突然,目の前から姿を消した一砂に対して,葉は想いをつのらせます。彼が病気に苦しんでいることを知りながら,救うことのできない自分に限りない無力感を感じます。そんな彼女の前に現れた千砂は,葉の「それでも私・・・力になりたいんです」という言葉に対し,「あなたになにができるの?」「一砂を癒せるのは,同じ苦しみを持った私だけよ。そして,あの子を護れるのも・・ね・・・」と冷たく言い放ちます。そこには,千砂が持ち得なかったもの―「屈託のない無防備な眼差し」―を持っている少女に対する嫉妬,一砂が,葉を遠ざけることで護ろうとしていることに対する嫉妬が見え隠れしています。
 あるいはまた,一砂=千砂=水無瀬もまた,ひとつの三角関係と言えましょう。10年以上に渡って,千砂を見守り続けた水無瀬もまた,彼女を救うことができない自分に深い諦念を感じています。「千砂は俺が護る」と誓う一砂は,その一方で「でも俺じゃだめなのか」と,やはり無力感を強く感じます。この三者の関係は,けして千砂を奪い合うという形はとらないにしても,千砂を想うふたりの男という意味では,やはり三角関係と呼べるのかもしれません。
 そして,本作品の底流を流れ続ける三角関係――それは,一砂=千砂=父親という三角関係です。千砂にいまだ強い影響力を保ち続ける,死んだふたりの父親。彼女は言います。「人形でもいい。母さんの身代わりでもいいから・・・ただ・・・父さんに側に居てほしかった」と。それに対して一砂は「俺がずっと側に居るよ」とやさしくささやきます。一砂が千砂を「護る」ということ,それは父の呪縛に囚われた千砂を,その呪縛から解き放つことなのかもしれません。しかし「死者に勝てる生者は居ない」とも言われます。すでに死んでいるがゆえに,父親の存在は千砂の心の奥深くまで根付いています。それゆえ,この三角関係ほど強固で,解消し難いものでしょう。ですから,この三角関係こそが,今後,この作品の重要な鍵となるのでは,と予想されます。

 本巻ラスト,発作に襲われた一砂は,千砂に襲いかかります。すでにキスを交わし,姉弟という枠を逸脱しはじめた彼らはいったいどこへ行くのか? まだまだ目が離せません。

00/01/07

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