青池保子『緋色の誘惑』秋田書店 1998年

 井上次郎のバイト先“マインド・メディカル・センター日比谷”の院長はうら若い女性・あんり。“魂のお医者さん”を自称する彼女は,不思議な力で患者を治す霊能力者。ところが次郎の元家庭教師で外科医,世田谷大学付属病院の“ブラック・ジャック”こと加賀先生は,大のオカルト嫌い。次郎を「堕落の道」から救おうとするのですが,あんりの背後には,強力で性格の悪い守護霊「ウシロ」がついていて,なにかと邪魔をします。今日も今日とて,“マインド・メディカル・センター日比谷”は大忙しです!

 もうずいぶん前に,メールをくださったかのんさんにご紹介していただいた作品ですが,ようやく本屋で探し当てました。『エロイカより愛をこめて』以外の青池作品を読むのは,ずいぶん久しぶりです。
 さてこの作品,上に書きましたように“オカルト・コメディ”です。(おそらく一応)主人公のあんり先生は,霊能力による治療をまじめに実践する,比較的まっとうな性格です(ただ彼女がカラオケで中森明菜を歌うと「グレゴリオ聖歌の荘厳さ」があります)。が,彼女を取り巻くキャラクタはいずれもどっかヘンです(笑)。
 まずは,あんりの守護霊「ウシロ」。“彼(?)”は,普段は東京タワーの上空に住んでいて(なんで「東京タワー」なんやねん!),その正体は龍神です。あんりが危機に陥ると,彼女の躰に“降りて”きます。で,性格が高慢で(まぁ,神様ですから),性格が悪く,おまけに三白眼。なにやらいろいろと策を弄しながら,井上くんや加賀医師を「あなたの知らない世界」に引き入れようとします。
 一方,その加賀医師,父親が霊感商法にひっかかり,アメリカ留学費用が「開運の印鑑セット」やら「幸運を呼ぶ茶釜」「黄金の七福神」やらに化けてしまって以来,「オカルトの類は不倶戴天の敵」です。最初はあんりのことを,「拝み屋」「インチキ霊能者」といい,「ウシロ」のことを,あんりの中の多重人格と考えています。はっきりいって性格はエーベルバッハ少佐です(笑)。
 その和製少佐に対抗するのが,あんりの病院の看護婦・一之宮梅子さん。外見も言動も,もろにあやしい,強烈なキャラクタです。なにしろ最初のセリフが,井上くんに対する「ぬあにぃ,用もないのに呼ぶな,下郎」ですから(笑)。でもあんり先生に心底私淑しているようで,なかなか憎めないおばはんです。ジェイムズくんといった役回りでしょうか?
 そして気の弱い井上次郎くん。加賀医師からはあんりを探れといわれ,一之宮さんからは加賀医師を探れと命令される二重スパイです(笑)。でもって,見た夢を一之宮さんに解読してもらったところ,「加賀先生が好きな潜在的ホモでマゾ」と決めつけられます。「これは一之宮の陰謀だ」「やつはオカルトのプロだ」「マインド・コントロールだ」と自分に言い聞かせますが,だんだんその気になっていきます。訴えるような眼差しで加賀を見つめ,「加賀先生とデュエットするのはぼくだけです。銀恋はぼく達の歌ではありませんか」だそうです(爆笑!)(ちなみにそのとき加賀は硬直してます(笑))。

 本作品の執筆には,「ありさ・J」という霊能力者が「資料提供」という形で関わっているようで,どちらかというと霊能力者(あんり)を好意的に描いています。そこらへん好き嫌いの分かれるところかもしれませんが,ホモネタあり,サド目系あり,細かいギャグありと,作品のノリはしっかりこの作者の世界ですね。

98/07/11

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