小林泰三・MEIMU『玩具修理者』角川書店 1998年

 小林泰三のホラー作品5編をマンガ化した作品集です。
 冒頭から,原作者に対しても作画者に対しても失礼なのですが,じつをいうとさほど期待してはいませんでした。なぜかというと,まずこの原作者は,「語り口」を効果的に用いるホラー作家さんだからです。語り手は誰なのか? 死んでいるのか? 生きているのか? あるいは語り手は正気なのか狂気におかされているのか? などといった不鮮明さ,不安定さが,読むものに居心地の悪さを与え,徐々に異界へと入っていく,そういった持ち味の作家さんなのではないかと思います。ですから,その語り口が醸し出す恐怖やツイストを,はたしてマンガで巧く表現できるのだろうか,という不安がありました。
 一方,作画者については,これまで『HOUSE OF THE HORROR』しか読んだことがないのですが,ストーリィ作りの巧みさには感心するものの,どこか絵柄のアンバランスさが気になって,いまひとつ作品の中に没入できないという不満を持っていました。

 まぁ,そんなわけで,さほど期待はしていなかったのですが,いやはや,やはり読んでみないとわかりませんね。期待以上のおもしろさでした。まず,絵柄的には,『HOUSE・・・』でもっとも違和感を感じていた男性キャラの登場場面がいたって少なかったため,安心して読み進めることができました。そしてなによりも,この作画者が,原作のエッセンスを上手に掬いとり,換骨奪胎するとともに,「マンガ的表現」として再定着させている点にあるでしょう。
 たとえば表題作「玩具修理者」は,原作では,語り手の神経質な語り口が,作品全体に言いしれぬ不安定感を与えるとともに,その語られる,おぞましい内容が聞き手に跳ね返ってくることで恐怖感を高める作品でありますが,このマンガ化作品では,語り手と聞き手をひとりのキャラクタに収斂させることで,不安の在所を明確にするとともに,効果的なページ構成で,マンガとしてのホラーに仕立て上げています。
 同様に,「人獣細工」でも,主人公の少女が,父親の記録を手がかりとしながら,自分の「正体」に対する恐怖感を徐々に盛り上げて行くところに,原作の持ち味があったのですが,マンガでは,むしろそれをコンパクトかつ視覚的イメージに結晶させ,「じわりじわり」のかわりにインパクトのある物語に改変しています。
 「吸血鬼狩り」では,原作でそれほど強調されなかったエロティシズムを逆に色濃く出されています。それは,おそらく原作では,語り手である少年の見たものが,「現実」なのか「妄想」なのかはっきりしない危うさが重要なキーになっているのに対し,マンガ表現の場合,最初から視覚化しなければならないという制約があるための必然的な選択とも言えましょう。
 「兆―KIZASHI―」「本―HON―」は,ともに視覚的表現がかなり難しかった作品ではなかったかと思います。前者は,語り手の内包する妄想とも狂気ともつかぬ描写が数多く出てきますし,また後者は,文中に挿入された『芸術論』という「本」の文章が醸し出すメタ・フィクション的な手触りが色濃くあります。しかし,前者については,「直美」を「異形」として造形することによって,また後者では,錯綜する内容を,一種の「都市伝説」を思わせる幕引きをすることで,巧みにまとめ上げているように思います。

 いずれにしろ5作品ともに,原作作品であるとともに,作画者のオリジナリティが十分に発揮され,かつまたそれが成功している作品ではないかと思います。

00/06/08

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