坂田靖子『エレファントマン・ライフ』白泉社文庫 1998年

 前々から好きな作家さんのひとりではありましたが,10編を収録したこの作品集を読んで,この作者の短編作家としてのすぐれた資質を,あらためてしみじみと感じました。

 たとえば本書の最初におさめられている「砂浜の家」は,1ヶ月前,交通事故で妻を失い,その死を受け入れられない男のもとに友人たちが大挙して訪れ,彼を慰めるという話です。しかし友人たちはけっして「慰める」ということを口にしないし,そういった態度もとらない。この作者らしいスラプスティクス風味のユーモアあふれる描写で,彼らの姿を描き出します。そしてラスト,男は生前の妻との会話を回想します。
「もし私が先に死んだら,あなたに会いに戻るわ。驚いちゃだめよ」
 「戻ってきた妻」とは,きっと友人たちのことなのでしょう。そのことを自覚した男は,ようやく妻の死を受け入れた,というストーリィです。ドライというわけではないけれど,けっしてウェットにならない,それでいてユーモアがあり,しみじみとせつなく,そしてハートウォームな世界を描き出せる作家さんというのは,そうそういるものではありません。

 また「くされ縁」という作品。金持ちのチャールズのもとに転がり込んできた大学時代の友人・エドナー,彼は街のチンピラで,ボスに狙われています。寛大な(?)心で彼を受け入れたチャールズは,最後に酔っぱらった彼を夜の街に置き去りにしてしまいます。その直前,エドナーを狙うボスの手下からの警告を聞いたことから・・・。作中,加害妄想の麻薬中毒患者が出てきます。その男は,人が死ぬのは自分が見殺しにしたせいだと思いこみ,警察に自首してくるのです。彼の言葉「俺は罪を犯しているんだよ〜〜」は,夜の街に友人を置き去りにしたチャールズの心の暗闇を浮かび上がらせています。心理描写でなく,ひとつのシーンで,チャールズの心を的確に描き出す手法は,さながら映画を見るような感じです。

 「タマリンド水」という作品は,東南アジア(とおぼしき)某国で,追い剥ぎに身ぐるみはがれた旅行中の男が,のどかで親切な田舎の村に滞在するというお話。ラストで明らかにされる,その村の“秘密”は,前半ののんびりした村の生活の描写とコントラストをなし,味わい深いものがあります。

 またこの作者の初期作品の頃からの十八番,ファンタジィ・テイストの作品もほのぼのとした味わいがあっていいですね。たとえば表題作「エレファントマン・ライフ」。ジャッキーは,動物カメラマンとしてアフリカへ行くことが夢でしたが,いまでは妻子をかかえる失業者。そんな彼の住むマンションの隣室にアフリカ象が引っ越してきた・・・というお話。彼らと奇妙な,それでいて心底楽しい一夜を送ったジャッキーは,かつての夢を取り戻します。ここで「おもしろいな」と思ったのが,ラストでの彼のセリフ。職業安定所(?)に行った彼は「アフリカに行くにはどこに勤めたらいいんでしょうか」と訊ね,職員を驚かせます。ストレートに「アフリカに行く」ではなく,「アフリカに行ける職を探す」という発想が,バランス感覚とでも言いましょうか,「大人の感覚」を感じさせます。

 このほか,トマトを食べたら躰が宙に浮かんでしまった男の話「トマト」や,医師ケスラーを主人公とした,ミステリ風コメディ「月」「ブリッジ」,アフリカにやってきた,ちょっとテンポのずれたお嬢さんの話「ペキニーズ」などが収録されています。
 また「奥様お手をどうぞ」は,風変わりな金持ちの奥様に振り回される詐欺師の話で,『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』に収録されている「旅情」をアレンジしたような作品です(どちらが先なのだろう???)。

98/09/18

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