坂田靖子『ビーストテイル』潮漫画文庫 2000年

 潮出版社から刊行されている坂田作品は,全作持っていたと思っていたのですが,この作品集だけは,今回,文庫化されるまで知りませんでした。やはり,ひとりの作家さんの作品をすべて揃えるというのは,なかなか難しいものです^^;;

 さて,本作品には,ヨーロッパの伝説や民話をモチーフにした短編7編が収録されています。同社の『珍見異聞』が日本の伝説を,また「アジア変幻記」というサブ・タイトルのついた『カヤンとクン』『塔にふる雪』がアジア各地の伝説を基にしている短編集ですから,そのヨーロッパ版というわけです。
 しかし舞台は変わっても,その描き方は,しっかり「サカタ・テイスト」です。作品に登場するキャラクタは,いずれも人がいいというか,のんきものというか,ときにヘヴィなネタを扱いながらも,そのシンプルな描線とあいまって,ユーモアのあるほのぼのとしたエピソードに仕上げています。
 たとえば「お妃と眠り姫」は,「眠り姫」の後日談といった体裁の作品ですが,王子の母親,つまりお妃が「オーガー」(詳しくは知らないのですが「人喰い怪物」という意味でしょうか?)だったというお話。そのお妃が,眠り姫の子どもたちを食べてしまおうとするのを,姫や周囲のものの機転で助けるという,いかにも民話的な展開です。通常,このときのお妃の役回りは,「悪役」以外の何物でもないのですが,この作者の手にかかると,「オーガーなんだから,人を食べようとするのも仕方ないじゃないか」と思わせるような,どこか憎めないキャラクタに描き出されています。
 また「ジャックと大男」は,「ジャックと豆の木」が元ネタですが,原作(?)が,理由もなくジャックと大男を「対立関係」としているのに対し,この作品では,大男を愛嬌のある性格にすることで,後味の良いハッピーエンドにしています。もともとの民話に出てくるのかどうかわかりませんが,「生きている彫刻のラミア」という,とぼけたキャラクタを配しているも,いかにも「サカタ・マンガ」といったところでしょう。同様に,「灰かぶり姫(シンデレラ)」「ガラスのくつ」や,「ヘンゼルとグレーテル」「ハンスルとグレテル」でも,元の話が抱え込んでいる親子関係の対立を,気持ちよく昇華させるエンディングへと導いています(「ガラスのくつ」のラスト・シーン,「お母さん・・・行ってきます!」のセリフはよいですね)。

 昨今,「本当は怖い○○童話」とかいった類の本が多く出版されているようです。たしかに,伝説や民話が本来持っていたグロテスクさ,残酷さが,「童話」という名の下に改変され,そのパワァを失ってしまったことに対するアンチとしては,それなりに意味のある試みではあるのでしょうが,こういった民話を元にして,人間の「いい部分」をクローズ・アップさせる作品というのも,別の魅力があるといえましょう。そして,この作者こそ,その魅力を十二分に引き出せる作家さんといえるかもしれません。

00/09/16

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