吉田秋生『BANANA FISH ANOTHER STORY』小学館文庫 1997年

 『BANANA FISH』の「番外編」4編を収録しています。そのうち「PRIVATE OPINION」「Fry boy, in the sky」の2編は既読で,感想文はこちらです。

「ANGEL EYES」
 少年刑務所に服役するショーター・ウォンは,ある日,新入りの面倒を見るようにいわれる。細い手足,きゃしゃな身体つき,そして細い首の上にのった,おそろしくきれいな顔。新入りの名前は,アッシュ・リンクス・・・。
 本編前半の準主役ショーター・ウォンアッシュとの出会い編です。本書所収の「PRIVATE OPINION」も,アッシュとブランカとの出会いを描いた番外編ですが,同じ出会い編でも,ずいぶん雰囲気が違います。
 ひとつにはショーターの明るいキャラクタのせいもあるのでしょうが,もうひとつ,ブランカとショーターが,アッシュの中に見いだしたものの違いによるせいもあるのではないでしょうか? ブランカは,アッシュの中の“傷ついた魂”を知り,それをガードするために,さまざまな格闘技術や戦略を教え込もうとします。いわばアッシュという“刃”を,ひたすら研ぎ澄まさせるわけです。一方,ショーターは,厚いガードに身を固めたアッシュの中に“天使の眼”を見いだします。また結果的ではありますが,「手かげんの仕方」も教える役割を果たします。
 ともに,冷酷さとナイーブさをあわせ持ったアッシュ・リンクスという人間に対しながらも,ブランカとショーターのアプローチの違いとでもいいましょうか,そこらへんが,同じ出会い編でありながら,異なる色合いを,それぞれに持たせているように思えます。

「光の庭 THE GARDEN WITH HOLLY LIGHT」
 伊部俊一の姪・暁は,ニューヨークに住む奥村英二を訪ねる。英二はカメラマンとして売り出し中,個展も開かれている。しかしその中には“彼”の写真だけはなかった・・・
 他の作品が,文字通り「番外編」であるとするならば,この作品は,本編の続編,そして完結編と呼ぶべきでしょう。
 アッシュの死から7年,英二はまだ彼のことが忘れられず,アッシュが写った写真を公表しようとしません。そんな英二が,アッシュをめぐる辛い思い出と向き合い,乗り越えていく姿を描いています。
 この作品で鍵となっているのが,アッシュの本名アスラン=夜明けと同じ名前を持つの存在でしょう。彼女は,父親が男の子を望んでいたのに,女の子として生まれてしまったことに悩んでいます。自分が女の子であることを受け入れられません。彼女のショートカットの髪型やボーイッシュな服装は,そのためでしょう。
 英二は,そんな,自分のアイデンティティに不安を抱く彼女を“かけがえのないもの”として愛します(ここには,今のところ,性的な意味は込められていないようです)。男であるとか女であるとかではなく,唯一無二のかけがえのない存在として彼女を認めます。生前のアッシュはもちろん英二にとって“かけがえのないもの”でした。かけがえがないがゆえに,彼を失ったことは,深い痛手となって英二を苦しませたわけです。それゆえ,彼との思い出をすべて封印することで,その痛みを癒そうとしていました。
 しかし,暁の存在を通じて,彼女を“かけがえのないもの”と認め,愛することで,彼は,アッシュとの思い出もまた“かけがえのないもの”であることに気づいたのではないでしょうか。アッシュを愛したのと同じように,アッシュとの思い出を愛すること,それがまたアッシュを愛し続けることを意味しているのでしょう。
 7年間の歳月を経て,英二とアッシュはふたたび巡り会い,孤独な魂の遍歴譚としての『BANANA FISH』は,そのすべての幕を閉じたのだと思います。

97/12/23

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