綾辻行人編『綾辻行人が選ぶ! 楳図かずお怪奇幻想館』ちくま文庫 2000年

 『二階堂黎人が選ぶ! 手塚治虫ミステリー傑作集』に続く「2匹目のドジョウ」です(笑)。「異形」「愛憎」「子供」の3部に分けられ,計13編を収録しています。

 本集におさめられた作品群を見渡すと,楳図かずおが「心」と「(肉体を含む)物質」との関係に深い関心を寄せていることに気づきます(あるいは,編者綾辻行人の嗜好が,そういった傾向の作品をセレクトさせたのかもしれませんが)。

 たとえば「とりつかれた主役」は,わたしも大好きな楳図作品のひとつなのですが,この作品では,顔にメイクすることで,異なる人格が内面に生じる役者の悲劇を描いています。この作品では,「物」(この場合は「メイク」)が,「心」を侵食していきます。最初に読んだときは,主人公が破滅へと至らないラストに物足らないものを感じましたが(<悪趣味?^^;;),今読み返すと,これはこれで,主人公の「平凡さ」「普通さ」を表現しているともとれ,味わいがあります。
 逆に,「恐怖の館」は,生き延びるがために自分の身体を変形させたモンスタが登場しますし,「ダリの男」では,自らを醜いと思い込んでいる男が,美しい妻の美意識を混乱させ,狂わせ,ついには奇形化した美意識が妻の肉体をも変貌させていくという綺譚を描いています。いずれも「心」と「肉体」との歪んだ関係を,その陰影深いタッチでグロテスクに描出しています。
 「ねがい」も,子どもの不安な心が,奇怪な人形に生命を与えるという点で,「心」と「物質」との関係を描いていると言えましょう。人形の造形が不気味ながら,少年の孤独で不安な心持ちを上手に表現した作品です。

 一方,「心」と「肉体(物質)」との関係−「心」→「肉体(物質)」であれ,「肉体(物質)」→「心」であれ−を描きながら,両者の間の関係に「ひねり」を加えた作品に,「蟲たちの家」「面」があります。
 「蟲たちの家」では,嫉妬深い夫の暴力から逃れるため,蝶やナメクジ,蜘蛛に変身したと思い込んでいる妻の姿を,夫の目から描き出しながら,ラストにいたって,それを逆転させるツイストの効いた作品となっています(発狂した夫が,しっかり背広を着てネクタイを締めているのが,ちょっと違和感を感じてしまいますが^^;;)。
 また「面」は,剛胆で残虐,家臣から恐れられた父親と,その父親に深いコンプレックスと憎しみを抱く若殿との関係を,父親の残した「面」を媒介として描いた話です。「面」という「物質」と主人公の「心」のダークサイドとを響き合わせながら,父に対する憎しみにとらわれた男の哀しい結末を描いています。サイコ・サスペンスの秀作として,本アンソロジィでは一押しの作品です。とくにラスト・シーンは,鬼気迫るものが感じられます。

00/12/20

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