小山田いく『あの悪魔』秋田書店 1996年

 以前に読んだ『臨死界より』と同様,ホラー短編5編を収録した作品集です。初出はいずれも『サスペリア』
 『臨死界より』の感想文でも書きましたが,この作者の「ほのぼの系」の絵柄と,グロテスクなシーンとのアンバランスさが,相変わらず気にかかるものの,各編の展開はなかなか巧みで,お話として楽しめます。

「大年の客」
 大晦日,雪深い里に住む祖父・祖母の家を訪れた少女・萌黄は,楽しい一日を過ごす。ところが,その夜,ひとりの男がやってきたことから…
 「大晦日に来た異人が福をもたらす」という民話をベースにしながらも,それをミステリ・タッチに展開させています。二転三転しながらテンポよくストーリィが進み,ご都合主義的なオチかな,と残念に思ったところに,もうひとひねり。ありがちなネタではありますが,展開がうまいので,本作品集では一番楽しめました。
「あの悪魔」
 つぐみが,子どもの頃,大好きだった占い師のおにいちゃん。ところが,ある事件を境にして,彼は彼女の前から姿を消し…
 「失われた記憶もの」風のサイコ・サスペンス的展開から,ラストで一気にホラーに反転する点,前作と似たようなテイストと言えましょう。この作品では「タロット・カード」が重要なアイテムとして使われていますが,作品そのものが,天地が逆転すると意味がまったく変わってしまうというタロット・カードと同じような構造をとっているように思います。
「幽かな花」
 雨の山中,遭難しかけたふたりの少女は,助けられた山小屋で,美しい花畑を見る…
 今度は,ホラーと思われていた展開が,逆に「理」に落ちますが,メインとなっている不思議な花“トコヨネム”がスーパーナチュラルな由来を持っているところは,ホラーとも言えます。「理」とホラーとのつながりがいまひとつ弱いのが,ちょっと残念です。
「妖雨つづり」
 一日中,ふりやまない雨。少女たちは,学校に残って怪談話に花を咲かせるが…
 「雨」ネタの怪談が3編(4編?)語られます。失恋した女性が「雨の中に溶けてしまいたい」というエピソードが不気味です。ラストは読めてしまいますね。どうせなら,少女たちもみんな「あちら側」の住人にしてしまった方が,よりショッキングだったかも? まぁ,ほのぼの系だからいいのかな?(笑)
「約束の死」
 屋上から落ちた少女は奇跡的に助かった。だが,意識を失っている間に,彼女はつぎつぎと殺人を犯しており…
 「夢」の中で主人公が犯した殺人と,現実の事件,両者はいったいどのような関係にあるのか? という「謎」をメインとしながら展開は,サスペンスフルで楽しめます。ラストで明かされるオチは,まさに古典的なものといえますが,それを最後の最後まで隠すことで,謎めいた雰囲気をたたえた作品に仕上げています。

98/06/19

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