萩尾望都『あぶない丘の家』小学館文庫 2001年

 「同じ父をもってはいても彼らが流す涙はちがっていた。ふたりの涙のいろが同じだったのは,富士川の,あの最初の出会いのときだけだったのかも……しれない……」(本書「あぶない壇ノ浦」より)

 平羅坂真比古と安曇の兄弟が住む家のある丘は,かつて黒い竜が眠り,ときに子どもたちを喰らっていたという伝説のある,曰く付きの場所。そのせいなのかどうなのか,真比古の周囲にはヘンなことばかりが起こってばかり……

 う〜む……この作家さんのオリジナル・ストーリィを読むのは,何年ぶりでしょうか?(原作ものは『ウは宇宙船のウ』を3年ほど前に読みましたが(正確には「読み返しましたが」),その前となると,『完全犯罪』『モザイク・ラセン』『銀の三角』までさかのぼっちゃんですよね,これが^^;;)。この作品は,以前メールをくださった方からのご紹介で,タイトルだけは知っていたのですが(はるさん,お元気ですか?<私信),今回文庫化されているのを発見,さっそく購入しました。

 さて本編は,主人公平羅坂真比古と,その“兄”安曇が,さまざまな「ヘンなこと」に巻き込まれる連作短編となっています。まず「あぶないアズにいちゃん」は,交通事故で両親をいっぺんに亡くした兄弟,彼らの周囲ではなにやら不穏で怪しい事件が続発し……という,オープニング・エピソード。多少変人でも人間と思っていた安曇が,ラストにいたって,二転三転ツイストしながら,その正体を現すところはリズミカルでいいですね。途中「兄ちゃん」が「姉ちゃん」に「変身」して,周囲がそれを当たり前のように受け入れているところが,異様に不自然でしたが(笑),それも最後には納得。ちなみに,わたし,真比古のGFリーコちゃんのお姉さん静香さんのファンだったりします(笑)
 第2話「あぶないシンデレラ」は,学園祭で「シンデレラ」を上演することになった真比古たちのクラス。なぜかそれ以来,真比古は奇妙な夢を見はじめ……というお話。文庫の帯に「スラップスティック・ファンタジー」という惹句がありますが,そのテイストが一番強いエピソードです。クライマクス(?)のドタバタは,この作者の軽快なミュージカル・タッチの初期作品を彷彿とさせます。でもスプラッタはあるわ,最後に殺人(?)と醜い遺産相続争いはあるわ,と,けっこうブラックです。
 そして圧巻なのは第3話「あぶない壇ノ浦」でしょう。鶴岡八幡宮に詣でた真比古,彼はそこで源頼朝義経が兄弟であったことをはじめて知って以来(リーコと静香さんの「ぎょ」が笑えます),彼らに関心を持つが……というエピソードです。なぜか(第1話でエヒメを「吸い取った」後遺症でしょうか?)タイム・トリップ能力を身につけてしまった真比古は,源平合戦と頼朝・義経の兄弟の相克を目撃します。
 本編で興味深いのは,頼朝に対する真比古(作者)の視線でしょう。義経の描き方は,「ピュア」なものに対する,この作者がこれまでも持っていた(あるいは少女マンガに共通する)好意とシンパシィが色濃く出ています。一方,真比古は,その年齢らしい潔癖さで,頼朝の政治的な冷酷さ,残酷さに嫌悪を感じます。しかし作者は,たとえば歴史のセンセーに,頼朝と義経を比べるのは「大統領とオリンピック選手を比べるようなものだ」と言わせたり,あるいはまた安曇に頼朝に対する好意的批評を語らせたりと,義経だけに偏しない頼朝に対する目配りを忘れていません。そしてラスト,頼朝の死に立ち会うことになった真比古は,頼朝の「記憶」の中へと巻き込まれます。そこで真比古が見たのは,親兄弟を殺された頼朝の,さびしく心細い少年時代です。ここにいたって真比古は,ようやく義経と頼朝を対等なものとして,見ることが可能になり,ふたりに対する思いは,冒頭に引用した,哀しくもせつないモノローグへと昇華されていきます。善とか悪とかいった単純な図式では割り切れない,頼朝・義経の宿命的な出会いと別れに立ち会うことで,真比古は,少し成長したのかもしれません。
 ファイナル・エピソードは,この作者の「SFマインド」が全開する「あぶない未来少年」です。真比古たちの目の前に「降ってきた」ジーンは,未来から来た少年だった……という内容。周囲の人々−家族も友人もすべてロボットであり,人類は自分以外滅びてしまったことを知ってしまったジーンは,人類滅亡を回避させるために,「過去=現代」へとタイム・トリップしてきます。しかし彼が改めて知ったことは,たとえロボットであっても,彼らが自分のために存在しているということでした。彼は言います。「ぼくはあの世界に愛を感じるよ」と。人が好意を寄せることの最大の理由のひとつは,おそらく,自分に好意が寄せられていることを自覚することなのかもしれません。
 また「壇ノ浦」が「少年」の物語であったのに対し,こちらは「少女」の物語と言えるかもしれません。引っ込み思案で内気な少女ミイは,いつも自分を庇護し,愛してくれた兄ユウの元から,ジーンとともに未来へと旅立っていきます。ジーンに駆け寄ろうとしたときに彼女が流す涙……それは,子どもが「さびしいから」とか「いじめられたから」とかいって流す涙とはまったく異質なものでしょう。愛する異性との別離を悲しむ「女」の涙でしょう。はるかな未来で,彼らに幸福が待っているかどうか,それは誰にもわかりません。しかし彼女が踏み出した「一歩」は,けっして「少女」では踏み出せなかった,新たな,決意に満ちた「一歩」だったように思います。

02/01/02

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