萩尾望都『ウは宇宙船のウ』小学館文庫 1997年

 金澤さん@書庫の彷徨人の掲示板で,レイ・ブラッドベリのことが話題になったせいか,書店でふと目につきました。萩尾望都がマンガ化した彼の短編8編を収録しています。
 それにしても,初出はいずれも1977〜78年,もう20年も前なんですね。

「ウは宇宙船のウ」
 毎週土曜日,僕たちは宇宙船を見に行っていた。いつか自分も宇宙に飛び立つことを想いながら…
 「夢を見ること」と「夢をかなえること」とは別のことなのでしょう。夢見ることなら誰でもできますし,夢見るだけなら努力はいりません。だから少年たちは選ばなければならないのでしょう,夢見るだけなのか,夢をかなえようとするのかを。そして夢がかなうとき,満足感と期待を味わいつつ,もう一方で親しい人との別れと哀しみを知ることになるのでしょう。
「泣きさけぶ女の人」
 ある夏の日,マーガレットは地中から泣き叫ぶ女の人の声を聴き…
 地中から女性の声が聞こえてくる,という不可思議な発端は,幻想的な着地を見せるかと思いきや,現実的なエンディングを迎えます。伏線もきっちり引かれ,平和で見慣れた街に起こった犯罪を描き出しているミステリの佳作です。
「霧笛」
 岩礁に建てられた灯台に,年に1度訪れるものがある…
 「あれはきみょうでもなんでもない! きみょうなのはおれたちさ! あれは千万年前の姿とちっともかわらない! かわってしまったのはおれたちだ!」
 面積の70%が海で覆われるこの惑星で,陸上に住む生物そのものが奇妙なのかもしれません。ましてや不安定な二本足で歩くわれわれ人類は,その極みなのでしょう。主人公が恐竜を評する言葉は,もしかすると彼自身に向けた言葉なのかましれません。
「みずうみ」
 12歳のとき,タリーは湖に沈んでしまった。10数年ぶりに湖に戻ってきた“僕”を待っていたのは…
 主人公のハロルドにとっては,もの悲しくも美しい物語なのかもしれませんが,彼の妻マーガレットにとっては,あまりに残酷な物語ではないでしょうか? 時の流れに抗しうるものは,死者だけなのかもしれません。
「僕の地下室においで」
 子どもたちの間に流行る通販のキノコ栽培。マニーのボーイフレンド・ロジャーは,前代未聞のことが起こると怯えるのだが…
 キノコというのは,そのグロテスクな形や,一部のものに毒性があることなどから,どこか不気味な雰囲気を漂わせています。眼に見えぬ胞子を飛ばして広がっていくということも,そんなイメージと関係あるのかもしれません。主人公が,「そんなはずない」と自分に言い聞かせながら,弟に手を引かれて地下室に降りていくラストシーンが秀逸です。
「集会」
 今夜はハロウィン。世界各地から“仲間たち”が集まる日…
 年に一度,魔物たちが闊歩するというハロウィンの夜を,魔物たちの側から描いた作品です。魔物の世界にも,周囲に馴染めず,みずからの非力さに涙する少年がいるのでしょう。正直なところ,いまいちピンとこない作品でした。
「びっくり箱」
 森の中の家に住む母娘。森の中には怪物が住んでいて,森の向こうは世界の果てだとママは言うけれど…
 狂信的な母親に育てられた娘のお話。
「わたしは死んだの! 知らなかった,死ぬってこんなにすばらしいことなの!」
と,涙を流しながら街を駆けゆく少女の姿は,ひやりとする怖さがあります。それは「見知らぬもの」に対する怖さではなく,この物語が現実の親子関係を,どこか匂わせているからかもしれません。
「宇宙舟乗組員(スペースマン)」
 宇宙船乗組員のおとうさんが帰ってきた。おかあさんは喜び,はしゃぐけれど,すぐに泣き出してしまう。なぜならおとうさんはふたたび宇宙に旅立って行くから…
 「宇宙に行くたびに地球に戻りたくなる。地球に帰ると宇宙に行きたくなる」
 男っていうのは,なんとも身勝手なものです。こんなセリフを「ロマン」と呼んで喜んでいる愚か者です。それでも,そんな心情にシンパシィを感じてしまうわたしも,そんな大馬鹿野郎のひとりなのでしょう。

98/03/22

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